2016年3月30日水曜日

見るべき映画 『それでも夜は明ける』


『それでも夜は明ける(12 Years A Slave)』を見ました。
黒人奴隷制度を扱った映画。
素晴らしかったです。

19世紀の中頃、一般社会で生活していた黒人(奴隷に対して、自由黒人と言われます)が、拉致されて奴隷になるという話。
拉致ですよ、拉致!
眠らされて拘束されて船に乗せられちゃうんですよ!

奴隷制度は、重いテーマです。
だから、どうしても、作り手の考えも問われることになります。
奴隷制度は反省すべき、ということが前提としてあって、それに対してどういう視点で何を言うか。
過去の映画や小説など多くの作品が、そういうスタンスで作られていたと思います。

でもこの映画のアプローチは違います。
奴隷制度をどう描くか、どう糾弾するか、ではなく、その中での痛みや苦しみを伝えることが目的なんじゃないかと思いました。
おそらく、奴隷制度=悪というのは現在ではもう常識であって、今更そこを主張する必要はないからじゃないか。
知識としては浸透しているわけです。
それを一歩進めて、共感という言葉は違うかもしれないけど、より感情レベルで心にシコリを残す。
いろいろ、後味が残りましたよ。


一見すると、画面の感じとか雰囲気から、いわゆる王道の大河ドラマものに見えます。
いい話、いい役者を、正攻法でしっかり作る、みたいな。
でも、違います。
そもそもストーリー展開がありませんからね。
映画の大部分は、奴隷農場での生活の描写に終始します。
次々といろんなエピソードが描かれるだけで、全体の起承転結みたいなものがない。
クライマックスと言える、農場から救出される場面でさえ、そこに至るまでのドラマチックな盛り上がりはありません。
唐突で淡々としてます。
その後に続く、家族との再会シーンもそう。
なんたって12年振りですから、いくらでもドラマチックにできるはずなのに。
弦楽器の音楽がだんだん盛り上がるのが常套手段だろうけど、そもそも音楽流れてたっけ?というくらい。
とにかく、どうなるんだろう!?とハラハラドキドキするような感覚はありません。
見終わっても、カタルシスはない。
奴隷制許せない!というような怒りの感情もない。

その代わり、画面から伝わってくる苦悩の感情はものすごい。
印象的な長回しがいくつかあります。
木に首を吊られてつま先立ちの状態で放置されるシーンや、仲間への鞭打ちを強要されるシーンなど、はっきり言って見ていて辛いです。
映像自体は、決してキツイものじゃないんですよね。
でも、といかく長いし、カメラも動かないから、見てるほうは逃げられない。
主人公の苦しさを嫌でもずっと直視することを強いられます。
映像自体のキツさではなくて、想像して感じることのキツさです。
そっちの方が辛いし、残ります。

主人公の感情を説明するのではなく、とにかく想像させるんですよ。
長い顔のアップがまた効果的です。
黒人霊歌を歌いながら次第に感情が溢れ出していくシーンなんか、心が動かされない人はいないでしょう。
でも、〇〇だから苦しい、悲しい、といったような理由付けはありません。
見てる側は、ひたすら想像するしかない。
あるいは、ラスト近くに、無言の主人公の顔を延々と映すシーンがあります。
その表情は雄弁で、すごく見ごたえがある。
ここなんて、前後に何があったか、いつなのか、どこなのか、一切の状況説明がありません。
だから、雄弁だけど、何を考えてるのか、どんな想いなのかも分からない。
そのくらい抽象的な、複雑な感情を観客に伝えたかった、ということなんだと思います。
とても印象的なシーンです。

他にも、主人公の姿を淡々と映すだけのシーンが要所にあります。
何だか分からないけど、とにかく何かを訴えかけてくるので、こちらは想像するしかない。
悲しい、嬉しい、と設定された感情表現に引き込むのではなくて、観客に想像する余地を与えて、能動的に入り込んで行くよう促す。
そうすることで、見終わった後に、登場人物が感じたであろう痛みや苦しみの感情が心に残っていることになります。


主人公以外の登場人物も、何を考えてるか語りません。
状況説明も、最小限、というか足りないくらいです。
様々なエピソードが描かれる間、それぞれの感情をとにかくずっと想像し続けることになります。
そうすると、誰が善で悪でという風に人物を整理していくことができない。
農場主の白人なんて、構図的には悪ですが、そんな単純ではないことが伝わります。

こうしたメッセージを主張しない描き方は、一歩間違うと、制度自体が悪だった、という単純化した結論づけに繋がるでしょうし、実際この映画に対してそうした批判もあるようです。
確かに、ストーリーを整理したりメッセージを探そうとして見る人には、物足りないのかもしれません。
奴隷制度がテーマという時点で、どう糾弾するのか、ということを期待する人も多いでしょうから。
でも、頭で納得するよりも、感情が動かされる方が、心に強く残ると、この映画を見た実感として思います。


「伝えたい」という意思を感じる映画です。
差別を糾弾することではなく、そこでの痛みや苦しみ。
この映画は、それを人びとに伝えたい、という明確な意思を持って作られたように思います。
だから、単純に他の映画と比べられない。
これにブラッド・ピッドが出演して、アカデミー作品賞を取る。
すごいな。


僕は、ブラック・ミュージックへの興味から、アメリカ黒人の歴史についても勉強してきました。
黒人文学と呼ばれる物もたくさん読んだし、ニューオリンズ大学では、Black Literature(黒人文学)のクラスも取りました。
その中で、「伝えたい」という意思を強く感じたものは、この映画と、小説『ルーツ』です(テレビ化されて日本でも放送されたそうですが、そっちは見てません。)。
『ルーツ』は、正に奴隷制度というものを伝える、という目的。
この映画は、その痛み苦しみを伝える目的。
そういう目的を持って作品を作るという意思に、感動します。

ちなみに、もし奴隷制度に興味を持ったなら、『ルーツ』はオススメです。
黒人文学って、やっぱり「文学」的なのが多いんですが、これはエンターテイメント小説です。
誰でも読みやすい。
手に汗握って一気に読めます。
そこが、素晴らしい。


『それでも夜は明ける』は、語り継がれる作品だと思います。
もちろん映画としても素晴らしいけど、それだけじゃないから。
見た方がいいと、思います。
美しいシーンが沢山ある。
ただし、疲れるし、スカッとしたりは一切ないので、そのつもりで。
その分きっと、得るものがあるはずです。

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