2016年3月25日金曜日

万人に好かれるはずはない

YouTubeにアップしてるGWOの映像に、突然コメントがつきました。
同時に、このブログの、その映像を載せてるページにも同じコメントがつきました。
内容は、「音色が薄っぺらで音程も悪いくせに踊っててけしからん!本気で(たぶん音楽を)やれ!」というものでした。
原文はもっと見下した口調で、ショックでした。

まあ、自分の演奏は特殊だし、例えばクラシック音楽を基準にすると邪道だということは自覚しています。
不快に思う人、音楽と認めないような人も、中にはいるかもしれない。
って、思ってたけど、面と向かって言われたことはありませんでした。

正直、今回のコメントには落ち込みました。
どうしようと思って、とりあえず返答を書きました。
不快にさせたことを謝り、こういう音色やコンセプトのクラリネット奏法も世界にはあり、それを本気で追求してること、を書きました。
で、書き込もうとしたら、コメントは既に削除されていました。

コメントがあったことは、メールで通知がます。
で、そのメールに、投稿者のGoogleのユーザー登録(?)ページへリンクが貼ってある。
そこを見てみると、その人はピアニストでした。
演奏の映像のYouTubeも載せてあります。
自宅でピアノ教室を開いているクラシックの方で、ジャズも少しやるようです。
ピアノ教室のHPのリンクも貼ってあります。
見てみると、数年前で更新は止まっていました。

その人がたぶんジャズ的な演奏をしていただろう店には、僕の知人も出演しています。
辿っていけば、他にも繋がりがあるかもしれません。

いろんな思考が浮かびます。
自分はダメなのか。
あるいは逆に、この投稿者は視野の狭い可哀想な奴だ、確かに言ってることは分かるけど、分かってやってるんだ、この音色を得るために、わざわざ隣の音が50セント違う特殊な楽器を選択してるんだ、クラシック的な「正しい」演奏がしたければ普通の楽器を使うし、こんな苦労はしないよ!とかね。
意外に落ち込んでる自分に驚きました。

音楽でもなんでも、万人にとって最高、ということはあり得ません。
自分が最高と思う音楽が、ある人にとっては最低だということもある。
僕は自分の音色が好きです。
でも、僕が好きなこの音色を、ある人の言葉で表現すると「薄っぺら」となる。
たぶん、僕が感動してきたクラリネット奏者の音色も、「薄っぺら」なんでしょう。

「薄っぺら」というのは言葉の印象が悪いけれど、結局ただ表現する言葉が違うだけです。
特に、クラリネットの音色の傾向は、他の管楽器と比べて単一です。
それはポピュラー音楽で使われることが少ないからです。
ジャズ奏者でも、クラシックと同じ傾向のプレイヤーがほとんどですし。
だから、例えばクレツマーやちんどんやカリプソやニューオリンズなど、クラシックと全く別のコンセプトの演奏法があることが、意外に知られてない。
僕は、ニューオリンズのクラリネットの音色を、「あったかい」とか「素朴な」とか言いますが、それを「薄っぺら」と呼ぶ価値観の方が一般的なわけです。

すごい分かりやすく言えば、オペラ歌手の基準からすると、ボブ・ディランやユーミンの声は「薄っぺら」かもしれない、って感じでしょうか。

このコメントで落ち込むことで、自分はまだまだ甘いな、と思いました。
僕はもちろん世界一最高のクラリネット奏者ではない。
至らない部分もあります。
でも、僕のいい部分もある。
でも、いい部分があるからって、そしてその部分を評価してくれる人がいるからって、そこで満足してはいけない。
至らない部分は常にシビアに改善していかなくてはならない。
そこを改めて指摘してもらって、本当は有難いことのはずなのに。
まだまだ、甘いです。

色んな価値観があります。
自分と違う価値観の人から意見をもらえるなんて、ラッキーなことです。
最初から素直にそう思えずに感情が動いてしまった自分が恥ずかしい。
謙虚になりたい。
そして、練習するしかない。
そうやっていれば、今よりも多くの人に届くだろうから。

という自戒の意味を込めて、この文章を書いています。
精進します。

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