Bulletproof Musician: なぜ練習成果が翌日まで持たないのか - BlockedPractice vs. Random Practice

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。
ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。
音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。


Why the Progress You Make in the Practice Room Seems to Disappear Overnight



難しいフレーズをマスターしたと思っても、翌日にはまた元に戻ってしまう。
昨日あれだけ上手くいったのに、また一からやり直さなくては。
誰しも、そんな経験があると思います。

3歩進んで2歩下がるならまだしも、3歩戻ってしまうのでは、ストレスが溜まる一方です。
ストレスに耐える術を身につけるべきか。
それとも、何か他のやり方があるのか。

あるクラリネット奏者の提案

Manhattan School of Music で教鞭を取るクラリネット奏者Christine Carter は、contextual interference effect("流れの切断" 効果) と呼ばれる練習法を提案しています。
学習内容を定着させるための方法です。


練習室の中で起こっていること

練習となると、何時間やればいいか、と時間数で考えがちです。
しかし、同じ時間内でどれだけ成果を上げるか、ということの方が本来は重要なはずです。
どうすれば、練習の成果がリセットされずに、次の段階に進めるのか。
せっかく練習しても、次の日またスタートラインに戻ってしまうのでは、元も子もありません。
そして残念ながら、従来の練習方法では、そうなるのは目に見えているのです。


脳の仕組み

楽器の練習においては、反復練習が重要だとされています。
例えば、ひとつのフレーズをミスせず10回演奏できるまで、次の課題に進むべきではない、という考え方です。
確かに、効果はあるでしょう。
しかし、このやり方は、我々の脳の仕組みに合っていないのです。

人間の意識は、反復よりも変化に対して向けられるようになっています。
この性質は、言葉を覚える前の赤ん坊にもすでに見られるものです。
赤ん坊に同じおもちゃを何度も見せていると、次第に興味を無くしていきます。
これは、馴化(じゅんか)と呼ばれる現象です。
別のおもちゃに取り替えると、赤ん坊は再び興味を示すようになります。

これは大人の場合でも同じです。
同じ刺激が続くと次第に脳の働きが落ちていくことが、MRI検査によって確認されています。
反復される度に、そこから受け取る情報量は、少なくなっていくものなのです。

同じ動作を繰り返すことは、誰しも退屈でしょう。
そう感じるのは、脳が、集中力低下の信号を送っているからなのです。
しかし、その信号に耳を傾けず、ど「集中しろ!」と自分に言い聞かせてしまう。
これは賢いやり方ではありません。


Blocked practice

スポーツ心理学では、反復による練習を、ブロックド・プラクティス(分割練習)と呼びます。
ブロックド・プラクティスでは、ひとつの課題について一定数の反復を終えるまで、次の課題に進むことはできません。

野球選手の場合を見てみましょう。
バッティング練習で、ストレート、カーブ、チェンジアップを15球づつ打つとします。
その場合、まずストレートを15球打ち終えるまで、カーブに取り組むことはありません。
これは、ミュージシャンの練習、難しいフレーズの練習方法に似ています。
一定時間ひとつのフレーズに取り組み、それから次のフレーズに移る、というやり方です。

ブロックド・プラクティスは、理にかなっているように思えます。
身体に覚えこませるために反復練習は有効であり、それを順序立てて行うことは当然です。
実際、あるフレーズに取り組んで10分も経てば、最初に比べてずっと演奏し易くなっているはずです。
しかし問題は、練習で得た効果が、翌日まで持続しないということなのです。
練習室でしか結果が出ないのでは、学んでいるとは言えません。


Random practice

対して、ランダム・プラクティス(interleaved practice schedule とも言われます)という練習法があります。
これは、いくつかのパートに分割した課題を、順番を決めずに練習するものです。

上記の野球選手の例では、3つの異なるタイプの投球を、入れ替えながら打つのです。
順番を決める方法(A,B,C, A,B,C, ..)と、決めずに行う方法(A,C,B, A,C,B, ...)がありますが、トータルで3種類の投球を15回づつ打つということには変りありません(当然、ブロックド・プラクティスの場合とも同じ回数です)。
違いは、投球の種類の順番だけです。

ランダム・プラクティスでは、常に異なる課題に取り組んでいることになります。
どんな課題でも最初の方が難しいわけですから、ブロックド・プラクティスの場合よりも、進歩が感じにくいでしょう。
しかし、この点こそが、ランダム・プラクティスのポイントなのです。
課題の間に別のなにかを挟むことで、我々の脳は一度リセットされます。
そしてまた一から課題に向き合うと、脳が活性化します。
脳が活発な状態にあるほど、学習効果は持続するのです。

野球選手の例の場合、ブロックド・プラクティスで脳が活発に働くのは、各種類の一投目のみです。
これがランダム・プラクティスであれば、脳は3種類の投球に対して、それぞれ15回も活性化されることになります。

確かに、ブロックッド・プラクティスは、練習中は素晴らしい効果が得られます。
しかし、翌日あるいは長期間で考えると、ランダム・プラクティスの方が練習効果が維持されることが、多くの研究によって明らかにされています。


ランダム・プラクティスの効果

ランダム・プラクティスの効果に関して、 1994年に行われた実験があります。
トップレベルの野球選手たちを集め、ブロックド・プラクティスとランダム・プラクティスを割り当て、12セットの練習を行わせます。
その結果、ランダム・プラクティスを行った選手たちは、最初に比べて57%も多くのヒットを打ちました。
これに対して、ブロックド・プラクティスのグループのヒットの伸び率は、25%でした。
同じ練習量にも関わらず、ランダム・プラクティスは約2倍もの効果を上げたことになります。

同様の結果は、様々なジャンルにおいて見られます。
もちろん、音楽についても当てはまります。
私も、Brain and Mind Institute in Canada でミュージシャンを集めて実験を行い、ランダム・プラクティスの効果を実際に確かめました。
さらに、参加者へのヒアリングの結果、高い学習効果に加えて、目標の明確化と集中力の強化にも役立つことが確認されています。


ランダム・プラクティスの練習方法

ひとつの課題を反復するのではなく、複数の課題を交互に練習します。
ある課題の練習に30分かけているとしたら、それを短い時間に分けて練習し、トータルで30分になるようにするのです。
どのくらいの時間で区切るかは、ケースバイケースです。
短いフレーズを練習する場合は、早いサイクルで切り替えるべきであり、長いフレーズの場合は、その逆になります。

タイマーを使うと効果的でしょう。
セットしたタイマーが鳴る度に、休みを入れるか、課題を切り替えるのです。

一般的なランダム・プラクティスは、例えば以下のようになります。

3分間 課題A 
3分間 課題B 
3分間 課題C  
3分間 課題A 
3分間 課題B 
3分間 課題C

リズムを変える練習方法を併用するのが効果的です。
その場合も、複数のリズムをただ順番に当てはめるのではありません。
ひとつのリズムで課題Aを練習したら、そのまま次にBを練習し、それからリズムを変えてAに戻る、といった具合です。
さらに、課題の内容もバラバラに配置します。

より実践的なランダム・プラクティスは、以下のようになります。

2分間 ロングトーン、スケール、ロングトーン、スケール~
3分間 課題A(リズム1)
2分間 3度進行、分散和音、3度進行、分散和音~
3分間 課題B(リズム1)
2分間 ロングトーン、スケール、ロングトーン、スケール~
3分間 課題A(リズム2)
2分間 3度進行、分散和音、3度進行、分散和音~
3分間 課題B(リズム2)

様々な組合せが考えられます。

何分で切り替えるか、それほど神経質になる必要はありません。
重要なのは、内容を変えることで脳を常に活性化しておくことです。
活性化することで、集中力が持続し、目標がしっかり意識され(3分くらいは、さすがに目標を意識し続けられます)、結果に結びつくでしょう。

一晩明けて練習室に戻り、昨日終えた場所から先を続けられるのは、最高の気分です。
ランダム・プラクティスの成果は、消えないのです。



参考資料

Dr. Robert Bjork on the benefits of interleaving practice 
(※ "Go Cognitive" というサイトです。UCLAの心理学教授Robert A. Bjork氏が、ブロックド・プラクティスとランダム・プラクティスについて説明する映像が見れます。英語です。)



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