2016年2月5日金曜日

N.O.生活12 - New Orleans Moonshiners

スウィング・ダンスのシーンを中心に、若いバンドがいくつかありました。
ただ、バンドとはいえメンバーは流動的なことが多く、同じミュージシャンが複数のバンドを掛け持ちしたり行き来したりしていました。
その中でも、比較的メンバーも固定していて人気があったのは、Loose MarblesとMeschiya Lake Bandです。
どちらも現在も活動しています。

僕のいたNew Orleans Moonshinersも、メンバーは固定していました。
あらためて振り返ると、なかなか面白いバンドだったと思います。
tpゴードンの演奏は洗練されていてモダンな香りもありながら、サッチモを初めとする過去の名プレイヤー達を研究してきたことが端々から分かります。
tbチャーリーと僕は古いニューオリンズのスタイルがベースで、saxオーロラがその上で自由奔放に吹きまくる。
4人の管楽器の組み合わせが異色でした。

全員で演奏しながら何コーラスも盛り上げていったり、ソロの途中でもう一人が絡んでいったり、自由に即興的にアンサンブルを作っていくようなスタイル。
ニューオリンズ・ジャズの特徴の一つに、コレクティブ・インプロビゼーション(集団即興)があります。
僕らは決して伝統的なマナーに沿って演奏していたわけではないのですが、やはり聴く側に集団即興を受け入れる下地のあるニューオリンズでこそ成立したバンドかと思います。
お客の様子に合わせて、盛り上げたり音量を下げたりその場でサウンドを作って行けるので、小さな店でのライブには強かったです。
管楽器に比べると、リズム隊は普通だったかもしれません。
とはいえ、bjクリスはMCやお客とのやり取りが上手く、マネージングの才能もあったので、彼のおかげで活動が広がってのは確かです。
bグレッグとdsジュンホーは、どんな状況でも文句を言わずに演奏を楽しめるタイプ。
全員のバランスが良かったんでしょう。

そして、他のバンドと違い、オリジナル曲がありました。
これはものすごく珍しくことです。
ニューオリンズのジャズシーンで演奏されるのはスタンダード曲がほとんど。
たまにオリジナルがあっても、たいていは定番のコード進行の上にメロディーと歌詞をつけただけです。

曲を書くのはトランペットのゴードン。
彼はバークリー音楽院で最先端のジャズの作曲を学んだのですが、幼い頃からトラッドを演奏してきたので、古いジャズも身体に入っています。
いい曲を書くんですよ。
凝りすぎず、古いスタイルにのっとり、かといって、よくある替え歌的なものとは別レベルの、洗練された楽曲群。
作曲パートとアドリブ部分のバランスも絶妙で、ジェリー・ロール・モートンのバンドはこんな風だったのかとすら思います。


ゴードンはたいがいのスタンダード曲は吹けます。
おかげで他のバンドに比べてレパートリーも広く、スウィングダンスのシーン以外でもライブが増えていきました。


写真は、今は無きDonna'sにて。
ダーティ・ダズンやリバースを初め、多くのブラス・バンドを輩出した伝説の名店です。
店を仕切る老コックのチャーリーが、とにかく面白い人で。
そこで起こる全てがルーズでファンキーでした。
ああいうクレイジーな名物店は、もうあまり残ってないと思います。

店での演奏以外に、プライベート・パーティでもたくさん演奏しました。
誰かのお祝いや、お店の記念や、結婚式も多かったですね。
そういうものは、ひとり$200〜$500くらいになりました。
店での演奏はチップを分ける形でひとり$20〜$150くらいだったので、ぜんぜん違います。
もちろんパーティ演奏は定期的にあるものではないので、ボーナスみたいな感覚でしょうか。

しばらくしてバンドの活動ペースも安定してきて、週1〜2つ決まった店でのライブをやるようになりました。
他に単発のライブが平均週一回くらい、月数回のプライベートパーティ、という感じだったと思います。
フルメンバーではなく小編成の場合もあって、バンジョーとベースと僕のトリオでけっこうやりました。
トリオでは、郊外の場末のバーからヒルトン・ホテルのジャズ・ブランチまで、場所を問わず演奏しました。


僕の愛する伝統的な音楽シーンとは遠かったですけど、他のメンバーもみんな若く柔軟で、楽しいバンドでした。

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