2015年9月26日土曜日

W.C.カラス『うどん屋で泣いた』


素晴らしい!
ここ最近聞いた新譜の中でもピカイチ。
しばらく前に買ってから、何度も聞いています。

中身は、ブルースです。
特別な新しさはありません。
正統派のブルース。
参加ミュージシャンも素晴らしく、極上の演奏が収められています。
とても質の高いブルース・アルバムです。

僕はいわゆる "ブルース・ファン" ではないのであまり知らないけど、質の高いブルースをやってる人は、他にも全国に沢山いるはずです。 
でも、それはあくまで "ブルース" なんです。
「ブルースを聞きたいな」と思う時しか聞きません。

『うどん屋で泣いた』は、極上のブルース・アルバムですが、「ブルースを聞きたい」時でなくても聞きたくなります。
演奏がいい、グルーヴがいい、といった音楽的なことを超えて、訴えてくるものがあります。

それは、歌です。
声と、言葉。
まず、ボーカルがいい!
いわゆる "ボーカリスト" という風情ではない、生々しい声です。
ボーカルの器楽的な側面をあまり感じさせないんですよね。
"ヘタウマ" とか "味がある" のとは違います。
ちゃんと歌ってるんだけど、メロディーを取ってるんじゃなくて語ってるように聞こえる。
思いつくところでボブ・ディランやトム・ウェイツとかもそうかも。

そして、歌詞が素晴らしい。
何が素晴らしいかって、歌詞カードで読んだだけじゃ普通なんですよ。
奇をてらった言葉はなく、紋切り型の言い回しもあります。
それが、歌われることで初めて深い意味を帯びてくる。
これこそが、音楽の醍醐味です。

世の中に、歌詞がいいとされている曲は腐る程あります。
でも、僕は心からは賛同できないことが実は多いんです。
なぜなら、それらの多くは "文章" "ストーリー" "詩" がメロディーに乗ったものに過ぎないからです。
いい言葉がいいメロディーでいい声で歌われるのも、もちろん心地良いです。
でも、その詩、歌わなくても成立するんじゃない?
そう思ってしまうんです。

タイトル曲なんか、歌詞の内容としては、うどん食べてて訳もなく涙が出た、というだけです。
それがあの声で歌われると、言葉では表しきれない意味を持って迫ってくる。
誰もが経験したことのある、でも言葉では説明しきれない、普遍的な感情を喚起させるんです。
こんな感動は、音楽以外ではあり得ません。


もう一つ、僕はこのアルバムを聞いて、ブルースって素晴らしいな、と思いました。
ブルースは「メロディー&コード進行&構成」で主導する音楽じゃありません。
音楽的には、起承転結が希薄です。
一般的なポップスとは聞くポイントが違うので、なかなか一般的なリスナーには馴染まないんだと思います。

このアルバムの場合、音楽的なフックが少ない部分を言葉が助けてくれるので、音楽ファンでなくても聞きやすいはずです。
W.C.カラスの声は生々しく、感情がダイレクトに伝わってきます。
歌詞をストーリーとして追わなくても、悩んで呻いて叫んでる心がそのまま見えてきて、たまらなくなる。
これは、シンプルな形式だからできること。
メロディーやコードで主導する楽曲では、ここまで直接的な感情表現は無理だと思います。

ブルースって、こういう表現のためにあるんだな。
僕はブルースが分かったような気がしました。
普段聞くブルースのほとんどは外国のものです。
歌詞のニュアンスまでは分からないので、ボーカルもたぶん楽器の一つとして聞いていて、歌モノであってもインストルメンタルのような聞き方なんだと思います。
今回のように言葉を意識したことはありませんでした。
ブルースって、言葉を伝えるためのものなのかもしれない、と初めて思いました。
感動しました。


『うどん屋で泣いた』は、"ブルース" でありながら "ブルース" というジャンルを飛び越えた、傑作アルバムです。
音楽的内容も素晴らしいけれど、それ以上に、根底に流れる感情が心に響きます。
ブルース・ファン以外のリスナーにこそ、伝わる部分が多いかもしれません。
一聴を、お勧めします!


2 件のコメント:

  1. ブルースって…そうですよね。
    詩とか歌詞とかじゃなく言葉ですね。
    それも気取らない日常の普通…ただの言葉なんですよね。
    で、歌うのとはちょっと違うんですよね。
    W.C.カラスさんはブルースしてるんですね。

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  2. そうですね。僕は今までブルースを、もっと音楽的な側面から聞いていました。
    W.C.カラスに、ブルースを教わった気がしています。

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