Bulletproof Musician: 集中力の比率 52 - 17

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。

How to Intensify Your Focus and Be More Productive with the 52/17 Split


想像してみて下さい。
いまから2時間、何も書いてない時計の文字盤を監視しなくてはなりません。
数字も線もない、ただの真っ白い円盤です。
針が一本だけ、ほんの少しづつ動きを刻んでいます。
その針がときどき大きく動くのを合図に、ボタンを押さなくてはなりません。
2時間の間、どれだけ正確にこのタスクをこなせるでしょうか?

これは、第二次世界大戦の際、心理学者のNorman Mackworthによって、潜水艦のソナー・オペレーターのために考案されたテストです。
彼らは、何時間もスクリーンを見つめ続け、弱いかすかな光によって敵の潜水艦を察知しなくてはなりません。

研究の結果、高い集中力を長時間キープするのは、極めて困難だということがはっきりしました。
約30分で、信号に対する反応は10-15%も鈍り、そこから落ちつづけます。
そして、持ち時間が終わる頃には、はっきりした信号も見逃すようになります。

楽器の練習は、たとえ調子の悪い時でも、レーダー・スクリーンを監視するよりは楽だと言えるでしょう。
それでも、集中力を持続させるのは簡単ではありません。
つい他のことを考え始め、機械的なリピート運動、つまり無意味な練習におちいりがちです。

楽器の上達にリピート練習は欠かせません。
その際に重要なのは、ふだん見のがしている細部に意識を向けることです。
これは、楽しいとはとても言い難い、面倒な作業です。

練習が長時間になると、集中力が次第に低下するのは避けられません。
この、 “vigilance decrement(ビジランス低下)” と呼ばれるものについて、どう対処すれば良いでしょうか?
どうすれば生産性をキープすることができるでしょうか?


2つの理論

時間による集中力の低下は、そもそもなぜ起こるのでしょうか?
いくつもの理論が知られていますが、それぞれに説明が異なり混乱する部分もあるので、ここでは代表的な2つのみを紹介します。


#1: リソース理論

リソース理論によると、演奏の隅々まで意識を行き渡らせるには、一定量の脳の活動エネルギーが必要です。
脳内にたくわえられる “燃料” の量は決まっていて、残量が少なくなれば、パフォーマンスも落ちてきます。
そして、この燃料を補充するには、時間がかかります。
時間と共に集中力が低下するのは、このためです。


対策: 休憩を入れる

対策はとてもシンプルです。
休むことです。

私自身、学生時代に 50-10 で練習するようにすすめられたことがあります。
50分練習し、10分休むことを繰り返すのです。

このやりかただと、ちょうど1時間でひと区切りとなります。
しかし、この比率が効果的だという根拠はあるのでしょうか?
45-15 や 40-20、あるいは例えば25-5×2といった比率ではどうでしょう?

これに関しては、ラトビアにある Draugiem Groupの試みが参考になるでしょう。
この会社では、全従業員のパソコンに特殊なソフトをインストールしており、各人がパソコン上で何にどれだけの時間を使ったかモニターできるようになっています。 
プライバシー面からの意見もあるでしょうが、従業員が自分の作業効率を把握できるのは、大きなメリットです。


52-17 の比率

上位10%の優秀な従業員のデータを分析した結果、パソコンでの作業時間は比較的短いことが判りました。
彼らの作業と休憩の比率は、 52-17でした。

まったく実用的ではない、不思議な比率です(およそ 3対1ですが、微妙に合いません)。
そして、自然とこの比率になる場合と、この比率になるようにタイマーをセットした場合との作業効率が同じかどうかは不明です。
さらに言えば、 10%というのが、100人中の10人か、1000人中の100人かもわかりません。

しかしどちらにせよ、重要なのは比率ではありません。
長時間つづけて練習するよりも、しっかりと休憩をはさみながら、目的の明確な短時間の練習をくり返すほうが、効果が上がるということなのです。

さらに、より重要なのは、休憩の使い方です。
メールやSNSをチェックしたりYouTubeを見るのではなく、デスクを離れて全く別のことを行うほうが効果的です。
同僚と(仕事とは関係のない)話をしたり、散歩をしたり、本を読むのが良いでしょう。

時間がもったいないと思うかもしれません。
しかし、休憩を取った方が生産性が上がることは、何十年にも渡る研究によりはっきりしていることなのです。


#2: マインドレス理論

マインドレス理論によれば、一定の時間が経過すると、目の前のタスクに対しての興味は自然とうすれていきます。
馴れるにつれて内容が簡単に思えてきて、機械的な作業になりがちです。
脳が退屈し、細部に注意を向けることを止めてしまうのです。 


対策: ゴールの明確化

解決策は、タスクの難易度を上げていくことです。
それにより、惰性におちいることを避けるのです。
仮に特定のフレーズを五回リピートするとすれば、毎回差をつけるように工夫します。
例えば、音の正確性の基準を、どんどん上げていきます。
音のつながりもより滑らかに、音色も研ぎ澄ませ、ビブラートなどで次第に表情をつけていくのです。

くり返すごとに、よりレベルの高い目標設定を行い、演奏後すぐに録音を聞き直すことを繰り返せば、惰性におちいることは避けられるでしょう。
これについては、以前の記事(「一流の練習・二流の練習」)でより詳しく説明してあります。


Take action

どちらも納得できる理論であり、優劣をつけることはできません。
ですので、より集中力を高めるために、両方のやり方を採用するべきでしょう。

1) 練習と休憩の比率をいくつか試してみます。
52-17、50-10、25-5、自分にとって有効な比率を探してみて下さい。

ここで重要なのは、 

(a) 時間を管理するためにタイマーを使うこと、 
(b) 時間通りに休憩を取ること、 
(c) そして休憩の際は練習室から離れ、脳を休めてエネルギーを回復させることです。
 (スマホを開いてはいけません。人と話したり、自然を感じたり、といった昔ながらの方法が効果的なのです。)

2) 練習内容について細かいゴール設定を行います。
改善したい箇所や、マスターしたいスキルを明確にして下さい。 

毎回の練習ごとに目的を決めます。
例えば、運指のフォームを整える、といった具体的なものです。
そして、そのために実際に何を行うか(例: 親指を脱力させる、音を出す前に手の位置を確認する、ひじを内側に入れる、等)を明確にして下さい。



Additional reading
※航空機のパイロットについての記事が紹介されています。
操縦の機械化に伴い、パイロットの作業は軽減され、今度はいかに集中力をキープするかが問題となってきている、という内容です。
英語ですが、ご興味ある方はどうぞ。
The Hazards of Going on Autopilot (The New Yorker)
Airline Pilots Struggle to Stay Focused (CNN)

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