2014年11月12日水曜日

音楽を「再現する」ことと「一体になる」こと

思いつくままに、書きます。
 
例えば音程を合わせるのに、二つのやり方があると、思います。
1つめは、正しい音程を出すこと。
そして周りとずれてたら、それを聞いて合わせる。
2つめは、音程のことは考えず、自分が音楽と一体になるように意識を使う。
その結果、音程が合う。
 
2つめのやり方の方がいいと思います。
もちろん、正しい音程を出す意識も常に必要ですよ。
でも、音楽と一体化することを意識してない人が、けっこう多いと思うんですよね。
 
これはズバリ偏見ですが、国内で音楽学校に行くような人に、多いと思います。
出てる音は正しい。
でも、グッとこない。
彼らはなんで音楽をやってるんだろう。
 
例えば、ある人のプレイに感動する。
あんな風に演奏できたら、と思う。
コピーする。
分析する。
練習する。
そんな風に演奏できるようになる。
 
それで?
 
特定のプレイを楽器で再現できるようになることが、目標なんだろうか?
まあ、それで有名人と一緒にやれたりして、自尊心が満足するのかもしれない。
モテるかもしれない。
人と違うライフスタイルを送れるかもしれない。
でも、それ全部、音楽と関係なくない?
 
前に、セッションに駆り出されて、そこに若いドラマーがいました。
古いジャズの曲やって、それがニューオリンズぽい曲だったと思うんです。
彼が、曲の途中で、ニューオリンズ独特のバスドラのパターンを入れてきたんです。
おっ!と思いました。
関心しました。
でも、パターンは正しいんだけど、違うんだよこのやろう!
とも、思ってしまった。
ただそのパターンを再現してるだけたから。
 
専門学校出た人でした。
ニューオリンズのパターン、ということで、勉強したんだろうと思います。
テクニックあって、上手いです。
いいやつです。
でも、お前のドラムじゃ誰も泣かないよ。
せっかく膨大な時間を楽器に費やして、手が動くだけの機械的動作をマスターして終わるなんて、もったいない。
 
おー、案の定、話がどんどんずれてきたよ。
 
とにかく。
音楽を自分に取り入れる。自分が音楽の一部になり一体化する。
そうすれば、フレーズやパターンは関係なくなる。
ニューオリンズのパターンを叩かなくても、ニューオリンズに聞こえる。
音程も、合う。
 
音程でいえば、現代の上手いNYあたりのジャズのビックバンド聞いても、すごくつまんない。
音程は気味悪いほど完璧だけど、ただ複雑で上手いだけ。
テレビやラジオで流れるバンドのホーンセクションもそう。
合ってるだけ。
それなら、機械でやればいんじゃない?
 
そういう技術は、確かに役に立ちますよ。
パッと音程が合う。
◯◯風のフレーズがすぐに出てくる。
 
でも、その技術を別に求められていない場所では、そういうのに頼るやめてほしい。
技術の習得も、確かに大変なことだし、技術を駆使したハイレベルな音楽もある。
すごいことです。
でもそれは、中国雑技団を見て関心するのに近いこと。
音楽とは別の要素。
そこ、自覚したほうがいいと思う。
 
つまり、正しい音程を出せば確かに合うけど、もっと違う合わせ方もあるし、その方が音楽的になる、ってことです。
で、それができるようになるために!
技術を磨くわけです。
それが、技術の習得自体が目的になって、楽器が上手いことで満足してはダメだ、ということです。
 
けっきょく、意識の問題ですかね。
正しい音は正しい。
でも、そのさらに奥があるってことを意識した方が楽しいんじゃないかな、って、思います。

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