2016年8月11日木曜日

どこが面白いのかわからない『美しき諍い女』


『美しき諍い女』を見てきました。
タイトルが、いいですね。
画家とモデルの話。
アトリエにこもって絵を描くうちに、お互いに心をさらけ出していく。
そうやって完成した絵には、モデルと、そしてたぶん画家の内面の全てがあらわに書きつけられていて、恐れおののく。
もう絵を描く前の自分たちには戻れない。

と、要約してしまえば、まあベタなストーリーです。
キャラクター設定も、月並み。
ところどころ、フランス映画にたまにある、不必要に「文学的」な思わせぶりなセリフも出てきて、ひいてしまう。

でも、なんだかそういうこと全部がどうでもいいくらい素晴らしい。
そもそもストーリーなんて重要じゃない。
ただ画面を見てるのが心地いい。
4時間もあって、飽きない。
不思議な映画です。

映像は、地味です。
ほぼ自然光で、そこにある景色を撮っただけ、みたいな。
アップは少なく、長回しが多い。
BGMもない。
全編の半分くらいは、アトリエで絵を描く様子を、淡々と映すだけ。
手元の筆やペンの動きだけを、カメラを固定して5分くらいひたすら映すシーンもあります。
セリフも少ないし、ドラマチックな展開もない。
なのに、飽きない。

なんでだろう。
変化がない分、画面の隅々まで見る余裕が生まれるからか。
ちょっとした変化や登場人物の心の動きを、観察して想像せざるを得ないからか。
わかりません。

ただそこにいる人物と、景色を見る。
最低限のセリフから、感情を想像する。
それだけなのに、楽しい。 
ゆっくりした絶妙なカメラワークを味わえるのも、この時間の流れの中だからかもしれない。

批評などでは、この映画はいろいろに分析されています。
言われてみれば、なるほどと思うことも確かにある。
けど、少なくとも見てる間はそんなこと考えたくない。
結末がどうなるか、とか気にならない。
ただ見ていたい。

僕にとって映画を見る快感って、つきつめれば、スクリーン(テレビ画面のこともあるけど)にある映画特有の画面の質感を、ただ「見る」ことなんですよ、きっと。
だから、カンヌ映画祭グランプリ作品でも、いい映画なのかどうかも分からない。
面白いから見なよ!と人に勧めることはないでしょう。


この映画見るの、実は今回で3回目なんです。
10代後半にレンタルして見て、20代前半に池袋の旧文芸座で見て、今回また早稲田松竹で見た。
また劇場でやったら、もう一度見たい。
なんでそう思うのか、わからない。
大好きだけど、不思議な映画です。

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