Clarinet Bore Design (ボアの構造)

クラリネットのボア(菅体内側)について書かれた英語のエッセイを翻訳しました。
テキサス州サン・アントニオのリペア・マンJustin Young のHPに載っているもので、著者は不明とされています。
※Top→Woodwind Wiki→Woodwind Making Resources→Clarinet Bore Design

楽器やマウスピースの構造など専門的な内容のリソースで、日本語で書かれたものは少ないです。
今後、不定期にですがこういったものも翻訳していきたいと思います。

原文を置き換えることより、読みやすさを優先しています。
そのため、意訳したり前後を入れ替えたりしている部分もあります。
もしお気づきの点があれば、どうぞご指摘下さい。



CLARINET BORE DESIGN

クラリネットのボアの形状は、ここ50年の間で大きく変わってきました。
音響学と波形の分析技術によって、楽器としての問題点の多くは解明されてきています。
それでもまだ問題は残っており、クラリネットは未完成の楽器のままです。
音色、音程、フレキシビリティ、レスポンス、といった諸要素のバランスを取ることは、困難を極める作業なのです。



イングリッシュ・クラリネットの特徴は、ラージ・ボアです。
トーン・ホールも大きく、アンダーカット(※トーン・ホールを、管体内側に向けて広げていくこと)は行いません。
上管のボアはほぼストレートで、下管の途中から広がっていきます。
"ラージ・ボア" 
の定義は曖昧で、およそ15mm以上の内径のボア全般に対して使われます。
イングリッシュ・ラージ・ボア・クラリネットの代表とされるのは、Boosey and Hawkes のモデル 926 と 1010 です。
それぞれの内径は15.15mm と 15.3mm で、当時最高峰のクラリネットとして認められていました。
Boosey and Hawkes は、1981年に Buffet Crampon を買い取って以来、イギリス国内でのクラリネットの生産をストップし、ラージ・ボア・クラリネットの生産も行っていません。
今日イングリッシュ・ラージ・ボア・クラリネットを生産しているのは、おそらく Peter Eaton のみでしょう。


ジャーマン・クラリネットは、音楽面・設計面で、独自のスタイルを貫いてきました。
ベーム式クラリネットが世界的にスタンダードとなってからも、ドイツ周辺ではエーラー式が使われ続けています。
エーラー式はラージ・ボアで、内径は広いものだと15.3mmほど、形状はベル部分を除いてほぼストレートです。
かなりのアンダーカットが施され、それが独自の音色を生んでいます。


フランスでは、様々なボア・サイズのクラリネットが作られてきました。
スモール・ボアには通常アンダーカットが施されますが、ラージ・ボアにもアンダーカットを行うのが一般的でした。
1920年頃、 Selmer がアンダーカットを最小限に抑えたラージ・ボア・クラリネットを発表しました。
内径は 14.8mm-14.85mm で、これらは世界的にもラージ・ボア・クラリネットの最高峰のひとつと見なされています。
Selmerは、このタイプのクラリネットを1960年頃まで作り続けました。
Buffet Crampon も1900年代前半にはラージ・ボア・クラリネットを生産していましたが、これらはアンダーカットが大きく施されており、Selmerほどは評価されていません。



クラリネット設計上の一番大きな問題点は、オクターブ・キイを使用した時の、12度の音程です。
これはボアの内径によって左右され、例えば 14.5mm-15.00mm の間では、12度の間隔が狭くなる傾向があります。
クラリネットにおいては、ピッチが高い・低い、ということよりも、12度が広いが狭いか、ということが話題にされます。
レジスター・キイを挟んだ音同士は密接な関係にあります。
そのため、12度の幅が狭い場合、低い方の音を正確に取れば、レジスター・キイを押した上の音は低めになりますし、上の音を正確に取れば下の音が高めになってしまいます。



アンダーカットは、音色に影響を及ぼします。
内径が細いほど多くのアンダーカットが可能で、広い内径ではアンダーカットは難しくなります。


もうひとつの大きな問題点は「スピーカー・ホール(オクターブ・キイのトーン・ホール)」です。
これがオクターブだけではなく、中音域のシbの役割も兼ねる点が問題なのです。
スピーカー・ホールの大きさと位置とは、この2つの妥協点を探して決定されます。
しかし本来であれば、シb用のトーン・ホールは、バレルの上端からおよそ80-90mm の位置にあるべきなのです。


理想的には、それぞれの音に対応した位置に、複数のオクターブ・キイを持つべきなのです。

シb専用のトーン・ホールを持つクラリネットは、今までにも開発されてきました。
有名なものに、SKシステム、Mazzeoシステムがあります。
これらのクラリネットでは、スピーカー・ホールはオクターブの役割のみを考えて設計されます。
しかし、どれも普及せず、現在では使われていません。
Selmerも、MARCHIシステムと呼ばれるクラリネットを発表したことがありますが、特殊な指使いが必要なため、演奏家には受け入れられませんでした。


スピーカー・ホールが2つの役割を委ねることで、12度の音程の正確さが失われます。
クラリネットのスピーカー・ホールは、菅体の中央部分の音に対しては、ほぼ正しい位置にあります。
しかし、上部の音に対しては低すぎ、下部の音に対しては高すぎるのです。
このため、楽器の両端の音ほど、12度の幅が大きくなってしまいます。


以下は、この音程の問題を図で表したものです。


低い方の音域が正しい場合、レジスター・キイを押した音域ではこの図のような音程になります。

このような音程は、楽器としては問題があり、今後も研究されていくべきでしょう。



1945年、Buffetのデザイン主任にRobert Carreeが就任しました。
彼によって、Bbクラリネットの設計上、20世紀最初の大きな改良が成されました。
音色を追及するため、トーン・ホールにアンダーカットを施せるように、Carreeは内径を14.6mmまで細くしました。
そして、ボアの形状は今までのようなストレートではありません。
場所によって内径を変えることで、12度の音程の問題を調整しようと試みたのです。
異なる3つの円筒形が連なったような形状で、彼はこれを "polycylindrical" ボアと名付けました。


Carreeはこのボアを用いて、20世紀で最も成功したクラリネット、R13を開発します。
R13は、1955年に発表され、クラリネットの設計の流れを変えました。
現在でも、クラリネットを選ぶ際の基準のモデルとされています。
R13以降、ほとんど全てのクラリネット・メーカーがスモール・ボアに移行し、各社独自のボア形状を開発するようになったのです。



管楽器のボアに関する研究の第一人者は、A Benadeでしょう。
彼は多くの研究論文を発表するだけではなく、楽器の設計について多くのアイディアを持ち、独自のクラリネットのデザインまで行っています。
彼のアイディアを製品化するメーカーがまだ現れていないのは、とても残念なことです。

Benadeの論文は非常に専門的で、簡単には理解できない箇所もあります。
しかし、それまで伝統に沿って行ってきた楽器の設計を、理論的な側面から解明した功績は、広く認められています。


Carree の考案した3段階のボア設計についてのBanade の説明をまとめると、以下のようになります。

上管(top joint) の内径を広げることで、中音域の基音が下がり、12度間隔が広がる。
下管(lower joint) の内径を広げることで、反対に音程が上がり、12度間隔が狭くなる。
ベルの入口を細くすることで、管体下部の12度間隔
が狭くなる。

(ただし、やりすぎるとベル付近の音の抜けが悪くなる。)

つまり、ボアの特定の箇所の内径を変えることにより、その箇所に対応した音の12度間隔を調整しているのです。


上管ボアの上部を広く設計することで、楽器の中心部分における12度の間隔が広がります。
下管においては、内径を広げ、トーン・ホールにアンダーカットを施し、ベルの入口を細くすることで、管体下部の12度間隔を狭めます。
さらに、アンダーカットを追加することで、クラリネット上部の12度を狭めています。


アンダーカットを施すと、基音の音程が上がるので、12度は狭くなります。
菅体の上部および下部においては、スピーカー・ホールの影響で12度が広がってしまうため、アンダーカットが有効なのです。
しかし、アンダーカットは全体の音程バランスを悪化させてしまう可能性もあるので、細心の注意が必要です。




残る問題は、ボアではなく、ベーム式の運指によるものです。
例えば、ド# / ソ# の音の抜けが悪い点などがこれに当たります。

運指による音抜けの悪さは、トーン・ホールを追加することで解決可能です。
この工夫は、Boosey and Hawkes 1010 や、リフォームド・ベーム・システムに採用されています。
これにより12度が広くなり、高音のミbの音程も改善されます。



ボアの形状に関しては多くのことが解ってきましたが、まだ全てが解明されたわけではありません。

ボアのサイズや逆円錐形の形状、トーン・ホールの大きさや位置、アンダー・カット等は、楽器全体に様々な影響をもたらします。
最終的には、最もバランスの取れた妥協点を見つけ出す作業になるのです。



また、マウスピースとの組み合わせの問題もあります。
多くのプレイヤーは、楽器を変えてもマウスピースはそのまま使いたいものです。
しかし、クラリネット・メーカーによっては、マウスピースまで含めてボアの設計を行うケースがあり、そうすると他社のマウスピースが合わないのです。
これは、クラリネット奏者にとって大きな悩みの 種となっています。

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