2014年10月18日土曜日

映画の感想「蜘蛛女のキス」

映画の感想が続いてます。
喉風邪で楽器も吹けず、家にいて時間があるんです。

今日は「蜘蛛女のキス」を見直しました。
好きな映画を聞かれる度に名前を挙げている、大好きな1本です。 

1985年の映画です。
原作はアルゼンチンの作家マヌエル・プイグの小説。
ラテンアメリカ文学の映画化が流行ってたんですかね。
数年の間に、ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」、ガルシア・マルケス「予告された殺人の記録」も映画化されてます。
どちらもいい映画です。


「蜘蛛女のキス」は、室内劇です。
物語は、ほぼ刑務所の独房内だけで進んでいきます。
独房で同室になったゲイと政治犯が心を通わせていく様を描きます。

地味な映画です。
ほとんどのシーンは独房の中なので、映像の変化もなく、大きなストーリー展開もありません。
会話の行間や、俳優の表情といった部分で見せる映画です。

政治犯の役は、アダムス・ファミリーで有名なラウル・ジュリア。
ゲイ役はウイリアム・ハート。

どちらも良いのですが、役柄のせいもあって、ウイリアム・ハートがとにかく素晴らしいです。
喜び・悲しみ・挫折・許し、といった様々な複雑な感情が演技に込められています。
極論、彼を見てるだけで満足できるくらいです。
僕は、この映画のウイリアム・ハートが本当に大好きで、その姿を思い出すだけで、たまらない気持ちになります。
僕みたいな人、他にもいると思いますよ。
そのくらいの名演です。
アカデミー主演男優賞の受賞も納得でしょう。


映画は、独房の壁を映す長回しから始まります。
ゲイのモリーナの語る声が聞こえます。
独房での気を紛らせるために、昔見た映画のストーリーを政治犯ヴァレンティンに語って聞かせているところです。
それは他愛のない映画なのですが、内容は現実世界の物語と絶妙に重なり合っています。

モリーナが断続的に語る2つの映画の内のひとつが、蜘蛛女の話です。
蜘蛛女は、美しいけれども、自分の作った蜘蛛の巣に囚われて身動きできず、どこにも行くことができません。


その姿が、モリーナとヴァレンティンにも重なります。
モリーナは、ゲイということで差別され、堂々と生きることができない。
ヴァレンティンは、国を変えるという大義に囚われ、自分にとっての幸せに向き合うことができない。
二人とも、色んな思い込みに囚われて身動きできずにいるわけです。
そして今は独房にいて、物理的にも何処にも行けない状態にいる。
そんな囚われた2人が、様々な感情を交換して、相手にも自分自身にも、心を開いていきます。

って、こうやって書くと分かり易いですが、映画ではこんなに整理されていません。
ストーリーや演出の仕掛けでテーマを提示するのではなく、とにかく2人のやり取りで見せます。
なので、子供でもわかるような映画ではありません。
が、逆に、2人の表情や仕草の全てが、深い感情部分に直接響いてくるんです。
愛とか人生とか、言葉にすると恥ずかしいような感情が、画面を通してダイレクトに伝わってきます。
結果、地味で静かな映画なのに、全てのシーンが感動的です。
もちろん、恋人が去ったとか誰かが死んだとかいう直接的で一過性のものではなくて、根底から揺り動かされるような種類の感動です。

僕は、見終わった後は、深い感動に放心状態で、まっすぐ歩けないほどでした。
こんなことは、これも最近見直した、「アンダーグラウンド」以来です。
まあ、もちろん見る人によるとは思いますが、そのくらい強烈なポテンシャルを持った映画だということです。
「アンダーグラウンド」と対極くらいに地味ですけどね。

映画には、ハリウッド映画に代表される、純粋にエンターテイメントなものもあるし、アート映画と呼ばれるものもあります。
この映画は、どちらでもなく、感情映画とでも言えるかと思います。
理想と現実、夢、愛、挫折、人生、優しさ、等々。
とにかく、様々な感情の要素が重層的に絡まりあった映画です。
見る人のその時の状態によって、どの要素が心に残るかは違うかもしれません。
派手な映像やドラマチックなストーリー展開はありませんが、とても豊かな感情体験のできる映画だと思います。
僕にとっては、宝物のような映画です。

置いてあるレンタル店は少ないですが、TUTAYAにはありますよ。




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