2016年6月30日木曜日

ラテン・ブラジル音楽に明日はあるのか

昨日はショーロの集まりに行ってきました。
で、お店に残って飲む中で、ブラジル音楽は衰退気味なんじゃないか、という話が出ました。
僕はブラジル音楽の動向については分からないけど、衰退しても仕方ないと思います。
だって、ブラジル音楽、そしてラテン音楽って、閉鎖的なんですよ。

僕が主に聞いてきたアメリカ音楽は、とてもオープンです。
ほとんどの国民が移民であるわけで、アメリカ音楽自体が、色んな国の音楽のミックスで成り立っています。
だから、アメリカ音楽をやっていれば、自然とそれ以外の国やジャンルの音楽を聴くようになります。
アメリカの特定のジャンルのものしか聞かない、って人ももちろんいるけど、割合としては、他の音楽に垣根なく手を伸ばす人の方が多いと思います。

対して、ラテン・ブラジル音楽では、それしか聞かない人が多い。
ミュージシャンであっても、です。
視野が狭いと思います。
視野が狭いと、その輪の中だけで通用する言語でコミュニケーションすることになります。
だから、違うバックグラウンドを持つ人間が気軽に入っていくことができない。
それは、会話も、演奏でもそうです。

実際、コロリダスやっててラテン界隈に顔を出しても、ものすごく壁を感じます。
決して、排他的ってわけじゃないんですが、そこに馴染むには、まず一定量の知識が必要なんですよ。
会話はラテン・ブラジル業界の単語のみで構成されるし、演奏するにも、リズム名や定型パターンを知らないといけない。
それを知らない僕のような人間に対しての歩み寄りは、ありません。
優しさがないんです。

「セッション」という言葉があります。
いろんなミュージシャンが集まって、打ち合わせなしに演奏する、というものです。
いままで僕が思っていた「セッション」は、集まった相手の出す音を聴いて、それに反応して音を出して、という自由な作業でした。
でも、ラテン・ブラジル音楽では、そんな風にはいきません。
いや、もちろん音楽的なやり取りはあるんですが、前提として知識が必要なんです。
定型リズムやフレーズを使って演奏しないと、無視される。
こっちがラテン・ブラジルの文脈にない音を出しても、誰も反応しません。
というか、彼らはきっと、新しい音を聞くという経験をしていないので、耳に入らないんだと思います。
驚くのは、その文脈であれば素晴らしい演奏をするミュージシャンであっても、定型パターンから離れて、周りの演奏を聞いて自由に音を出すことができなかったりするんです。
とにかく、自然発生的な、縛りのない、人に触発されることで自分にとって新しい演奏ができる、という楽しさは、そこにはありません。

僕は、ラテンもブラジルも聞くし演奏したいと思います。
でも、そうした僕のようなミュージシャンを、オープンに歓迎してくれる場がない。
それでは、シーンが広がっていくことは難しいんじゃないかな。


さらに、いいライブを見る機会がない、ということも問題だと思います。
素晴らしい演奏に触れれば、そこから興味が広がっていきます。
でも、ラテン・ブラジル音楽のいいライブを、どこに行けば見れるのか分からない。
誰に聞いても、これ面白いよ!って勧めてくれる人はいません。
それどころか、いや~アナタにはどうかな~って、勧めるのを渋るんですよ。
たまに、ラテン・ブラジル界隈で新しいことやってます!面白いですよ!っていうバンドを聞いても、それはジャズ・フュージョンの人たちがやってる頭でっかちのもので、まあそれはそれでそういう音楽があっても全然いいんですが、僕がラテン・ブラジル音楽を聴いて感動するエモーショナルな要素は、その「新しさ」の中にはありません。
あるいは、習い事の発表会のような、形式的には正しくても、音楽的に魅力のないものだったり。
そういうライブでも、それなりにお客は来ています。
が、そのお客さん達は、他のジャンルの音楽のライブには行かない。
音楽の「中身」じゃなくて、「形式」を楽しんでるんですから。
外部の人間にとっては、そんな閉鎖的な場所に行っても何も楽しくありません。

閉鎖的で悪いわけじゃない。
例えばモダン・ジャズやクラシックみたいに、初心者お断りの音楽でも、圧倒的にその人口が多ければいいでしょう。
数があれば、その中から外にもアピールするくらい素晴らしい音楽が生まれる可能性も増えるし、どんどん人も集まってきます。
でも、ラテン・ブラジル音楽にそこまでのポピュラリティーはないのが現実なんだから、広がりようがないですよ。


反論、あると思います。
僕の意見が正しいと言いたいわけではありません。
ただ、同じように思う人間が、少なからずいるのは事実です。
そして、僕のような感覚を持った外部の人間には、ラテン・ブラジル音楽は閉鎖的であり、衰退していっても仕方ないと映る、ということです。 

その見える状況をどうするかは、人それぞれでしょう。
僕は、ラテン・ブラジル音楽が廃れても、気にしませんけどね。


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