2016年6月22日水曜日

『女を忘れろ』

『女を忘れろ』を見ました。

1959年の日活映画。
主演、小林旭。
ヒロインに浅丘ルリ子と、南田洋子。
不良だけど男気のある主人公に女性が惹かれ、しかし男は行かなくてはならない、というパターンのお話。


いやーびっくりした!
こんなに面白いと思わなかった!
軽い気持ちで見はじめたら、これ、名画じゃないですか。

モノクロの、古い映画です。
いわゆる撮影所システムで、セット組んで照明当ててカメラが移動して〜みたいなやつ。
役者の演技も独特だし、「リアリティ」が当たり前の現代の映画とは全く別物です。
ストーリーも、その気になれば突っ込みどころ満載。
でも、この映画を見ながら突っ込み入れる人はいないでしょう。
だって、問答無用でその世界に引き込まれてしまうから。

脚本で人物を掘り下げる、とか、人間の苦悩を映像で表現、とかいう世界じゃない。
深さより、ムード。
見終わって、考え込むことはないけど、確かに感情は揺さぶられてる。
なんか、全部がムードというか感情というかを表すために構築されてるような。
とにかく雰囲気満点です。

映像がまたいちいちかっこいい。
いくつも印象に残ってる「絵」があります。
そう、「絵」みたいなんですよ。
構図がいいし、モノクロだから影のつけ方もすごく美しい。
同じ画面内で、ライトの当たる場所と影の場所との使い方とか、演出のセンスも素晴らしい。
音楽もいいです。
あんまりメロディが残ったりはしないんだけど、ふっとサックスのフレーズがシーンに合わせて浮かび上がってきたりする。

印象的なシーンがたくさんあります。
ラストシーンも素敵だけど、小林旭と浅丘ルリ子が「接吻」する場面には震えました。
音楽と、照明と、そしてまた音楽の演出。
ちなみに、僕はこの「接吻」シーンで、カウリスマキの『ル・アーブルの靴磨き』の、リトル・ボブに会いに酒場に行って突然スポットライト(?)が当たる名場面を思い出しました。

どのシーンも、こちらの予想を裏切ることはない。
お約束、と言ってもいい。
でも、感動します。
映画自体が、リアリティを考えず、別世界として作られてるからこそ、お約束のシーンが美しいものになるんでしょう。
こういうシーンを今の映画で撮るのは、無理なんじゃないかな。

ヒロインのふたりが、美しい。
やっぱり、現代の女優とは別の美しさがあります。
町中にはいないだろう、「スター」。
南田洋子は、いわゆる美人ですね。
この時代では、圧倒的に垢抜けた顔だったんじゃないでしょうか。
浅丘ルリ子、若い頃の姿って実は初めてみたんですが、綺麗ですね。
決して、西洋顏、モデル顏ではない。
でも、なんだか惹きつけられる美しさ。
何歳になっても、そして年を重ねてどんどん美しくなっていく、というタイプでしょうか。
そういう人は、決して多くないと思います。

小林旭は、今の感覚からすると決してハンサムではない。
どこか韓流アイドルみたいな顔立ちですね。
でも、「スター」感があるんですよねー。
そして、ラストシーンの表情!
現代の俳優のリアルで切実な演技とは違って、「型」なんですが、これがいいんですよ!
グッときます。
こんなの見たら、そりゃあ好きになっちゃいますよ。
そこからラストまでのベタな演出の流れが、ジーンと心に残ります。

こうやって書いてみると、ベタな映画であって、深く心が動くはずじゃないのに、こんなに感動するのはなんでなんだろう?
僕が、映画も含めた昔のアメリカ文化が好きなことも、あるかもしれない。
性格的に、理屈より、説明できない感情の方に惹かれるタイプだからだろうか。


もともと、この曲の主題歌が好きだったんです。
初めて聞いたのは、ヒカシューの巻上公一バージョンでした。
2ndソロ・アルバム『殺しのブルース』に収められています。
(このアルバムは、何度聞いてもスーパー最高です。ジョン・ゾーンをはじめNYの先鋭ミュージシャン、灰野敬二、ホッピー神山といったメンツが参加し、昭和の歌謡曲をカバーーしています。僕の心の一枚。なかなか売ってないけど、見つけたら絶対買うべきです。買って気に入らなければ、僕が引き取りますよ!)

で、来週「ムード・クラリネット」のライブでこの曲をやろうと思って、どうせなら映画も見とこう、と思って、何の期待もなしに見たんです。
そしたらこの有様。
いやーまいった。
もう勢いでブログ書いちゃってるくらい。

昔の映画って、いいですね。
もっと見ようと思います。


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