2015年11月15日日曜日

ラテン音楽よ俺を失望させないでくれ

コロリダスに入って、ラテン音楽をやってるミュージシャンと交流することが増えました。
それまで、ラテンはなんとなく難しそうだな、と思ってました。
だから、当然いいミュージシャンが多いんだろう、と。

全然そんなことない。
むしろ逆です。
頭の中の譜面を再現するだけで、音楽できてない人が多い。
ただの知識の競い合い。
習い事の発表会みたいに思えることすらあります。
もっと自由で楽しい世界かと思ってたのが、残念です。

彼らは、とにかくジャンルに縛られ過ぎてる。
音楽を聞いた第一声が、これはキューバだね、これはメレンゲだね、とか、分類の話になる。
コレいいね!やばいね!
とかいう感想は出ません。
少なくとも、第一声には出ない。
このグルーヴがたまらない!っていう感覚も、もしかしたら、少なくとも人によっては持ってるんでしょう。
でも、習慣なのか、まず最初に分類をする。

演奏してても、これはクンビアだからこのパターンで、とかいう話になる。
それはそれで、もちろん悪いことではありません。
でも、そのパターンが音楽的に演奏されてるのか、という方が大事じゃないの?
ホントにね、パターンは正しくても全く躍動してない演奏が平気で行われていて、しかも誰もがそのことに無頓着なんですよ。
みんなでグルーヴを合わせる、というのじゃなくて、どのパターンを採用するか、という話ばかり。

僕はアメリカ周辺のポピュラー音楽については、かなり色んなジャンルの人とやってきたと思いますが、そういう話になることは今まで全然ありませんでした。
リズム面で言えば、パターンの話より、曲の基本ビートやタイム感、あるいはグルーヴの揺れやスパンの確認を行います。
とにかく、まず音を聞いて相手と合わせるのが、当たり前だと思ってたんです。
それが、ラテンでは当たり前ではないらしい。

ラテンの世界って、そもそもリズムパターンに名前が付いてて、その中から特定のパターンを演奏する、ってやり方みたいです。
決まったパターンをやれば表面的には成立するので、音楽的なセンスなんてなくても、周りを聞かなくても、とりあえず演奏できるんですよ。
ラテン音楽をやってる人口が意外に多いのは、そのためなんじゃないかな。
音楽というより、楽しい集まりの感覚で、それこそカラオケで騒ぐくらいの気持ちで参加してる人がけっこういるんじゃないかな、きっと。
でも、僕にとってそれは、音楽的な楽しみとは、別のことです。


なんか辛辣になってきてしまいました。
もちろん、今まで僕が経験してきたように、まず互いを聞き合うことから始めるにしても、ラテンのように、パターンを組み合わせて先に形だけ成立させるにしても、辿り着く地点は同じはずです。
いい音楽はいい。
ただ、最初のやり方が違うことで、演奏の楽しさを知ることのできる確率が変わってくると思うんです。

「これは〇〇」といくら分類して話し合ったって、それは口頭でのコミュニケーションであって、音のコミュニケーションとは無関係です。
そして、分類して議論することだって楽しい作業なので、そこにハマってしまい、その先にある音楽的なやり取りに進めなくなってしまう。
ラテン界隈には、そんなパターンが少なくないように思います
せっかくセンスがあっても、そこで止まってしまう人がいるんじゃないかな

ジャンル音楽だから仕方ない、と言ってしまうには、不幸すぎます。
だって、昨日見たブエナビスタソシアルクラブの豊かな音。
あんな世界がその先にはあるのに。

パターンの研究作業は、各自やればいい。
でも音楽の現場では、音楽をやろうよ。
もっと楽しいよ。

ってね、こんなこと、ホントは思いたくないですよ。
いい音楽やりたいだけなのに。
ラテン音楽って、こんなもんなの??

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