2016年7月14日木曜日

『ブロードウェイと銃弾』




ウディ・アレン監督の1994年作品『ブロードウェイと銃弾』を見ました。
舞台は、アレンの好む1920年代。
ローリング・トゥエンティ。
禁酒法とギャングとスイング・ジャズの時代。
新人作家がブロードウェイで芝居を上演するために奮闘する様子を描きます。
売れない作家とクセのある役者たち、ギャングとその愛人と用心棒が織りなす、コメディ・タッチのドラマです。

テーマは「才能」について。
新人作家デイヴィッド( ジョン・キューザック)は、  芸術家としてのプライドは高いが、実は「才能」がない。
対して、ギャングの用心棒チーチ( チャズ・パルミンテリ )は、教育も満足に受けていないのに、作家として天性の「才能」がある。
この対比。
チーチのアドバイスによって、芝居はどんどん良くなり、傑作と絶賛されるようになっていく。
デイヴィッドは、脚本の問題点をチーチが簡単に解決し、素晴らしいアイディアを出すのを目の当たりにして、悩みます。
何年も苦労して積み上げてきたものが、経験もないただの博打好きの用心棒にまったくかなわない。
皮肉なものです。

「才能」というのは、ギフトです。
限られた人間にだけ与えられた特別な能力であって、どれだけ努力しても手に入れることはできない。
そして、才能を持って産まれた人間は、持っていない人間のことがわからない。
チーチは、書けないという感覚が想像できないので、「もっと考えて書け」とアドバイスする。
しかしデイヴィッドは「君には簡単でも、そうできない人間もいるんだ」と答えるしかない。

チーチはどんどん芝居にのめり込み、そのために人を殺してしまう。
デイヴィッドが、殺人を受け入れられずに、チーチのところに乗り込むシーン。
「なんで殺したんだ?命より大事なものなんてあるわけないだろう!」「美しい作品をメチャクチャにされて我慢できるのか?」「だからって殺すことはない!」と叫ぶ デイヴィッドの胸ぐらをつかみ、「俺の芝居には誰にも汚させねえ!」と言い放つチーチ。
才能があるおかげで、人命よりも作品を優先させずにはいられない。
これは、幸福なのか不幸なのか。

けっきょく、チーチはそのために命を落とします。
最後の瞬間まで、芝居のセリフのことを考えながら死んでいく。
その姿を見たデイヴィッドは、自分に「才能」も覚悟もないことを自覚します。
そして、大成功だった初演の夜、引退を決意し田舎に帰ります。
「才能」がないことに気づいたおかげで、普通の幸せを手にいれることが、たぶん、できた。
チーチは、「才能」があったために、いわば殉教死したわけです。

「才能」って、なんなんだろう。
そんな不変的なテーマを、頭でっかちにならずに見せてくれる。
コメディ・タッチの画面の中で、実はとても冷徹な目線で。


こう書くと、シリアスな映画に思えるかもしれませんが、むしろ逆です。
軽快にテンポ良く、肩ひじ張らずに見れます。
暖色系のトーン、アップや切り返しを使わない落ち着いた画面、古いジャズ。
見てるだけで心地いい。
無駄なく練りあげられた脚本は、アカデミー賞にもノミネートされています。
登場人物がまたいいんですよ。
マンガみたいなキャラで、出てくるだけでおかしい。
気軽に楽しく見れて、実は深い、という意味では、『カメレオンマン』に近いかもしれません。
シリアスなテーマを軽妙に、というアレンの作風が生かされた傑作です。

アレン映画は、脇役にいたるまでキャスティングがいつも完璧です。
個人的には、久しぶりの出演となるダイアン・ウィーストがいい。
これまでのアレン映画の中では、『セプテンバー』の演技が大好きですが、この映画の役も素敵です。
今作でアカデミー賞を取ったんですね。
そう、『セプテンバー』がすごく好きなんですよ。
地味な作品ですが。
なので、そこでもいい役を演じていたジャック・ウォーデンが出てるのも嬉しい。
そして、なんと言ってもチーチ役のチャズ・パルミンテリがいい味をだしてる。
この頃まだあまり知られていなかったんじゃないかな。
アレンの映画に出て評価されてブレイクするパターンて多いんですよね。
それにしてもどうやって目をつけるんだろうか。


アレンが長く付き合ったミア・ファローと別れてから初めて本格的に撮った映画です。
この作品から、作風が変わったように思います。
全体のバランスや完成度に重きが置かれないようになった。
特にラスト。
今までの作品は、すべての伏線が回収され、完璧な終わり方が用意されていました。
あとからラストシーンを思い出すだけで涙が出てしまうような。

それが、なんとなく曖昧な終わり方をするようになったんです。
芝居の上演はこのあとどうなるのか、チーチの最後の遺言は、ダイアン・ウィーストは、と、いろんなことが放って置かれたまま終わります。
この変化について、アレンは意図的だと思うんです。
インタビューでも、現実はもっと複雑だ、と発言し、過去作品のハッピーエンドに対する違和感を何度も口にしていますからね。
そして、チーチの死ぬ前の最後の言葉の中で、自作『ハンナとその姉妹』のラストシーンの台詞を引用している。
『ハンナ〜』のラストは、アレンの作品の中でも最高のもののひとつです。
それを引用するわけですから、終わり方に対してかなり自覚的なはずです。
映像も、ラストシーン的な印象に残る絵はなく、突然終わりますからね。
いままであれだけ多くの美しいラストシーンを撮ってきた人が。

『ブロードウェイと銃弾』は、傑作です。
が、ラストシーンのカタルシスがないので、万人には勧めません。
え?これで終わるの?
って思う人も、いると思います。
僕はこの映画を公開時に映画館で見ました。
19才でした。
やっぱり、この終わり方に肩すかしされた感じがしましたからね。
僕の場合は、それまでのアレン映画のような、素晴らしいラストを想像していたので余計に。
なので、同じ時代ものということでも、『ミッドナイト・イン・パリ』『ギター弾きの恋』あたりを見て、アレンのテイストに慣れてからの方が、終わり方にも違和感なく楽しめるように思います。


アレンの映画って、うっかりすると普通の「ちょっといい映画」に思われてしまう。
でも、どんな芸術ぶって大上段にかまえた大作文芸映画より、実はよっぽど深い。
深刻なことを深刻に表現するのは簡単です。
でも、深刻なことを軽妙に表現するのは難しい。
そんな、アレン映画の醍醐味を味わえる名作です。

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