2016年7月19日火曜日

3.11、体験してないんです

昨日、出かけて帰ってきたら、ちょうど大家さんが、庭のモミジの伸びた枝を、汗だくで切ってくれていました。
僕もまあ時間があったので、手伝いました。
切った枝と葉っぱが大量に道を埋め尽くして大変なことになっていて、思ったより時間がかかりました。
そのあいだ、いろんなことを話しました。

実家が新潟にあって、いまも月イチで家や庭の手入れに戻っているそうです。
震災で親が亡くなって、空き家になってしまったそうです。
しばらく震災の時の話になりました。
大家さんは、大学に勤めていて、帰れなくなった学生たちと、学校ですごしたそうです。
ああいう時、自動販売機は、お金を入れなくてもジュースが出てくるようになるんだよね、とか。

僕は、あのときアメリカにいました。
震災は、アメリカのニュースで見ました。
だから、体験してないんですよ。
帰国して驚いたのは、東京では家の倒壊とかの直接の大きな被害はないのに、みんな震災の時の話をしていることでした。
その瞬間どこにいたか、そのあとの電気が暗かった光景や、コンビニにものがなかったことや。
震災がきっかけで考え方が変わった、という人も、ものすごくたくさんいました。
その感覚が、実際に体験してない僕にはわかりませんでした。
最近も、けっこう地震きますね。
で、揺れるとあの日のことを思い出す、って言う人もいます。
その感覚が、ないんです。
大家さんと話していて、あらためてそのことを自覚しました。


少し前に参院選があって、反アベの罵声がすごかった。
安保法案のときもそうだったし、反原発でもそうでした。
たぶん、ぜんぶ繋がった流れなんだと思うんです。
その根底には、もしかしたら震災の時の恐怖の感覚が、あるんじゃないか。
反アベ派の汚い言葉にあおられることで、恐怖感がよみがえってくる。
それで恐怖を思い出すことで、多くの人たちがあんなにもヒステリックに叫ぶんじゃないか。
僕はいくらあおられても、そもそも恐怖自体を経験してないので、何も思い出しようがない。
だからただの罵声にしか聞こえないけど、震災を体験した、一部の人たちにとっては、冷静でいるほうが難しいのかもしれない。

もちろん、これは僕の想像でしかありません。
でも、あのみんなの熱狂ぶりは、そうでも考えないとまったく理解不能です。
そう考えれば、仕方がないというか、なんとなく、少しは腑に落ちます。
だって、ずっと普通におだやかにいた友達が、急に何かに憑かれたみたいになって、将来を死と結びつけて悲観して、使命感に燃えて他人を罵倒する。
何か、そういうエキセントリックな行動にでる原因があると思うんです。

少し前には熊本の地震もありました。
テロもあったし、これからもまたどこかで起こるんじゃないでしょうか。
そういう、大きな災害みたいなことが、まったく何十年も起きないってことはあり得ない。
自民党政権もどうやらまだ安泰のようです。
恐怖を心に抱えた人たちが、プラスの感情に転じるような出来事が起こる方が、確率は低い気がします。

ああ、こうやって書いてきたら、なんだか悲観的な流れになってきてしまった。
こういう文章を書くと、心配してくれる人がでてくると思うんですが、それは無用です。
世の中に対しては悲観的だし誰にも何も期待しないけど、反対に人生については楽観的なんです。
世の中は変わらないし、日本の将来は暗黒でも、僕は楽しくやれてるし、今までもずーっとだいぶ楽しくやってきました。
これからも、楽しくやれると思います。
個人的には。




0 件のコメント:

コメントを投稿