2016年7月11日月曜日

選挙が終わってホッとした

参院選が終わりました。
思うことを、ざーっと書きます。

とにかく、SNSが面倒でした。
主張に関わらず、悪意と怒りに溢れたタイムラインを見るのが嫌で。
選挙に行こう!というシンプルな意見であっても、「とにかく行け!」的な、ただ叫ぶだけ、みたいなのばかり。
ちゃんと「意見」と思えたのは、すごく少なかった。
例えば、改憲反対で2/3議席を防ぎたいから護憲派に入れる、本当は好きじゃなくてもギリギリ食いこめそうな候補者にいれたらいい、という投稿。
他に、参議院の役割は衆議院の行動をチェックすることだから、嚙みつけそうな三宅洋平に入れる、という意見。
どちらも、特別に斬新な意見というわけじゃない(この内のひとつは、とても熱のこもった投稿でもありましたが)。
でも、これが記憶に残るくらいに、他の投稿が感情まかせのものばかりに感じたんです。

特に反アベにはうんざり。
その主張自体は、いいんですよ。
でもね、戦争だ!嘘つきだ!さらにもっともっと、安倍晋三の人間性を否定するような言葉が、TLに流れてきます。
馬鹿にして貶めるような合成画像とか。

もうそうなると、政策も主張も関係ないじゃん。
ただ、誰かを叩きたいだけじゃん。
罵詈雑言を吐く相手が欲しいだけでしょ?
人を馬鹿にして、いじめたかったんでしょ?
ただのストレス発散じゃん。
醜いよ。
あまりに醜すぎて、その醜さが不快な反動で、逆に安倍さんが素晴らしい偉人に思えてくるほどです。
そんな醜い奴らの仲間にはなれない。

さらに、そういう人って、やたら死ぬとか子供とか命とか言う。
「死」「いのち」「子ども」「未来」とか、抽象的な言葉を使うってことはさ、論理的な説明ができない、ってことでしょう。
ちゃんと自分で考えて主張できる人なら、「死」とか「いのち」とか、そんな脅迫めいた言葉使わないはず。
論理が破綻して焦ってるか、ウソついて人をだましたいのか。
まあたぶん、言ってる本人も、反対する理由をよく頭で理解してないんでしょう。
「こども」「いのち」とか誰かに言われてビビって、感情だけで動いてる。 

洗脳ですよ。
この壺を買わないと、こどもが不幸になりますよ!って言われて高額商品を買うのと一緒。
その先は、世の中が救われると本気で信じて、その壺を周囲に売ってまわったり、あげくはオウムみたいに、人を殺したりする可能性も、あるんですよ、そういう人は。

他人と意見が違うのは、あたり前のこと。
自分と逆のことを言う人がいたら、議論すればいいじゃん。
それをせずに、相手の悪口を言うだけなんて、大人のやることじゃない。
否定的な言葉で相手を攻撃する人を、僕は信用しません。
その否定的な言葉を目にするだけで、イヤな気分になる。
選挙が終わって、きたない言葉の洪水が収まると思うと、ホッとします。


あと、三宅洋平問題。
これも、三宅さんは、いいんですよ。
言ってる内容は、共感できる部分も多い。
でも、応援してる人達が熱狂しすぎで。
音楽好きの友達が多いこともあってか、SNS上でいちばん多かったのが、三宅洋平に投票しよう!という意見でした。
でも、そこで三宅さんの主張や政策は語られない。
「本音」「未来」「こども」「戦争」とか、やっぱり抽象的で感情的なものばかり。

選挙フェス、行かなかったけど、映像見ると彼のスピーチは確かに魅力的です。
でも、その魅力って、内容よりも喋り方なんですよ。
「本音」で普通の言葉でしゃべる政治家がいない中で、突出してる。
でもさ、ミュージシャンなんだから、政治家よりステージングが優れてるに決まってるじゃん。

これも、洗脳です。
熱狂させて感情に訴えて思考停止させて、信者にする。
三宅さん自身は意図してなくても、熱がある人の周りでよく起こることです。
そう、三宅洋平を応援してる声から、信者臭がするんです。
熱心な創価学会の人と同じ。
と思ったら、創価学会(=公明党)のやり方は素晴らしい、なんて言うじゃない。
彼らを見習って、投票お願いの電話を何百人にもかけろ!と。
これにはもう嫌悪感しかありませんでした。
三宅洋平本人がそう指示してるのか、周りが盛り上がってやってるのかわからないけど。

あと、彼のファンには、レゲエ界隈独特の「ピース」な雰囲気があって、僕はそれが苦手なんです。
やたら「家族」とか「地球」とか言う人たちね。
理想を語るキレイな言葉に酔ってるだけのように、僕には思えてしまって。
だから、三宅さんが「ヤーマン」「Put Your Hands Up!」とか、その界隈の言葉を使うたびに、どんどん引いてしまう。
そもそも、外国のスラングを使うのを、すごくカッコ悪く感じてしまうので。

せっかくいい主張もあるのに、なんでそうやって特定の人に向けたスラング使うのかな?
壁ができるだけじゃん。
人に伝える事より、自分のファッションを貫きたい、というエゴじゃないの?
本当に本気で世の中を変えたいなら、もっともっともっと広く一般に向けてアピールするべきじゃないのかな。
だって例えば、ウチの隣にすごく人のいいおじいさんが住んでます。
きちんと向き合って話せば、賛同してくれる可能性はゼロじゃないと思う。
でも、「ヤーマン!」とか「ヘイ!ブロ!」とか言う人にはまず投票しないと思いますよ。
そんなシンプルな事だと思います。

フェスは、いいアイディアでも、「ヤーマン」色はどうなのか。
実際それで僕は引いて、彼に票を入れなかった。
意義あると思うし考えたけど、彼が当選したら、「ヤーマン」の人たちがどんどん思考停止して宗教みたいになっていきそうで、それは気持ち悪いから。
それに、あのスピーチは熱が多すぎて、冷静に主張を読み取ることが難しかったから。
感情だけで行動するのは、危険だと思うから。


あと、投票に「行くべき」という風潮も、どうなのか。
なんか、投票しないと「悪」みたいな、行かないと後ろめたいような感じ。
その空気が、嫌でした。
投票を呼びかけるのに、やっぱり「戦争」「死」「未来」という言葉で脅しをかける。
投票率を上げるのが目的だとしても、そのために手段を選ばないのは、どうなのか。
そんな風にプレッシャー与えるんじゃなくて、もっと自主的にその気にさせるようなやり方を考えたらいいのに。
本当に自分の行動に自信があるのなら、そこに未来を感じているなら、もっとポジティブな言葉だって出てくるはずじゃないのかな。


どの主張も、それ自体はいいんです。
でも、とにかく、脅しはよくない。
こうしないと不幸になるぞ!って言って恐怖をあおる。
不幸に「なりたくない」という後ろ向きな気持ちから、行動をうながす。
壺商法。
そのやり方は、安易だしズルい。
僕はそういうやり方をする人は、信じない。
これをしたらこんなに良くなるよ!っていう風に、どうして考えられないのか。
何かに取り憑かれてるようにしか見えない。

否定的な言葉は、害です。
こっちも負の感情に引き込まれてしまう。
ネガティブな気持ちが蔓延した場所には、できるだけ関わりたくない。
SNS上に、幸せに「なりたい」という前向きな気持ちがあふれたら、どんなに気持ちいいだろう。
そうしたら、それだけでもっとみんな選挙行くんじゃないの?
犯罪も暴力も減るだろうし、自分をもっと好きになれると思う。
本当にそう思います。

あー選挙終わってよかった!

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