N.O.生活17 - 友達紹介 Matt Bell

僕の在籍していたのはジャズ科です。
当然、モダン・ジャズが好きな生徒が集まります。
ニューオリンズ音楽に惹かれてやって来たのは、僕くらいです。
まずそこでギャップがあるのと、育った国も違うし、年も離れてるし、すごく話が合うということは、なかなかありません。

そんな中で、ひとりだけ、音楽の話が合う奴がいました。
マットというギタリスト。
たしかほぼ同い年。
マイペースでレイドバックした奴でした。
家のポーチで仲間とビール片手に好きな曲を演奏してのんびり過ごす絵が似合うようなタイプです。
会話のペースものんびりしていて、ブラックなユーモアもある。

音楽の趣味が似てたんです。
ジャズでも古い時代やエンターテイメント性のあるものを好み、カントリー、ヒルビリー方面に詳しかった。
日本で「モンド」と呼ばれる、例えばジョー・ミークやボブ・ドロウも好きで、レイモンド・スコットの話で盛り上がったり。

マットは決して超絶に上手いミュージシャンではありませんが、アレンジャーとして色んな仕事をしていました。
芝居の音楽を書いたり、バーレスク・ショウの音楽監督を務めたり。
町の外のカントリー・シーンとも交流があったし、底抜けに明るいJoyというガールフレンドと一緒に、コメディ・ショウのようなカントリー・バンドを組んで活動していました。


ギタリストとしても重宝されていました。
前に出てソロを聞かせるタイプではないけど、古いスタイルを志向するミュージシャンが少ないことと、音楽への造詣が深いので信用があったんです。
みんなをリラックスさせる性格もあって、特にシンガーに好かれてましたね。
この文章を書こうと思って検索してみたら、いまは人気スイング・バンドNew Orleans Jazz Vipersのメンバーになっていました。
友達が活躍してるのを聞くのは、嬉しいものです。


マットとはよく一緒に演奏しました。
パーティなどに呼ばれて2〜3人の小編成でジャズをやることもあったし、ウエスタン・スイングのバンドや、大学内でもジプシー・ジャズのバンドを組みました。

なかでも面白かったのは「フリンジ・フェスティバル」という演劇のイベントです。
各地から若い作家や劇団がニューオリンズに集まり、何日もに渡って数会場で演劇やパフーマンスが繰り広げられます。
ニューオリンズ以外にも、たしかニューヨークかどこかでも開かれていたフェスティバルです。
マットは、役者やパフォーマーなど若いアーチスト達と交流が深く、彼らに音楽を提供することも多かったんですよね。
で、ある芝居で生演奏をするのに、僕も誘われたんです。

主人公がウサギの国に迷い込む、という、 「不思議な国のアリス」をモチーフにした、コメディ・タッチの物語でした。
僕らは、ウサギの国の農夫のバンドという設定で、長い耳をつけてステージに上がりました。
全編にわたって、マットが書いた曲を演奏します。
なかなか凝ったアレンジでした。
シーンに合わせて即興したり、効果音をつけたり。
ちょっとした動きや振り付けもありました。

自由でクリエイティブな空気にあふれた現場でした。
役者がみんな素敵な人たちで、他のバンド・メンバーもジャズ・ミュージシャンではなく、型にハマっていない。
僕らは1日くらいしかリハしてないし、役者だって何週間も練習してるわけじょないから、余計にクリエイティブにならざるを得なかったのかもしれない。
数日の公演だったけど、毎日楽しみでした。


山奥の結婚パーティに行ったことも忘れられません。
マットとジョイの車で数時間。
森の中にある、別荘のような広大な家が会場でした。
庭にテントが張られていて、白いクロスのかかったテーブルが並んでいる。
アメリカ映画の野外集会のシーンに出てくるような景色です。

なぜだか忘れたけど、もう一人の管楽器奏者が急に来れなくなってしまい、僕がメロディを担当することになりました。
そして、ドラマーかベーシストかは、ロックミュージシャンで、曲をあまり知らない。
わざわざ呼んでもらってるのに、ヘタな演奏をするわけにはいきません。
マットと僕が主導して、なんとか形にして。
けっこう大変でしたね。
ステージが終わって、思わず"We Nailed it !"と手を叩き合いました。

近くの川へ降りて行って、結婚の誓いを行いました。
僕らは楽隊のようにして演奏しながらみんなを先導します。
河原に集って、誰だったか牧師役が誓いの言葉を読み上げて。
広大な自然の中での、ピースフルな結婚式。
スティック・ウェディングと呼ばれるものでしょう。
日本でも流行ってるけど、あそこまでのものはなかなか体験できないでしょう。

検索したら、マットとジョイの式らしい写真がありました。
僕が参加したのも、こんな感じでした。
ふたりも、あんな風にして結婚したんだな。
友達に囲まれて。
その場にいたかったな。
いい写真です。


僕自身、「ミュージシャン」になりたくて楽器を始めたんじゃありません。
とにかく面白いことがやりたい、というのが動機です。
いわばミュージシャン志向ではない部分が、マットと合ったんですね。
そういう出会いは、日本でもそうはありません。
もしニューオリンズに残ってたとしたら、一緒に面白いことが、できたろうな。

きっとマットもそう感じていて、僕のことを「My Man」と呼んでくれていました。
マイ・マンって、大げさに聞こえるけど、アメリカでは大事な友達に対して親しみを込めて使われる呼び方です。
僕にとっては自然な言い方ではなくて、マットを「My Man !」と呼ぶことはなかった。
こんど会ったら、「Hey Matt ! My Man !」て言いたい。
大事な友達のひとりです。
音楽を続けていれば、また会える日が来るでしょう。

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