1stテイク・マジックの極意と戦前ブルース

横浜ガンボスタジオでレコーディングをしました。
デモ作成みたいなもので、ギターとデュオでブルースをやりました。
ブルースっていっても、いわゆるアドリブ・ソロを吹くんじゃなくて、シンガーの役目。
歌のパートをクラリネットに置き換えて演奏する、という試みです。

マイクを立てて、位置について、譜面台を調整して、とりあえずリハーサル兼ねて通して録ってみましょう、ということで、吹きはじめました。
事前に練習した曲ではなかったし、とりあえず1曲通してみて全体のイメージを確認するつもりで、軽く演奏していました。
吹いてみて、なんか鳴りがイマイチだな、と思って間奏でリードを交換してみたりもして。

イメージがつかめて、あらためてもう1回やって、よし!これはいいのが録れたぞ!
と思って聞き直しました。
うん、なかなかいい感じだ、でも、もう1回やったらもっとよくなりそうだけど、これはデモだからそこまで詰めなくてこれでオッケーでいいかねー、なんて話してたら、スタジオの川瀬さんが、最初のテイクも面白かったよ、って言って、そっちを聞かせてくれたんです。

あれ、いいじゃん。
雰囲気がいい。
ミュージシャンという立場で聞くと、あまりにユルすぎて細部が甘いし、ちょっとこれはどうか、と思ってしまう部分もあります。
譜面の書き込みを読み間違えてミスってたり、なんたって曲の途中でリードを付け替えてるし。
でも、この欲のない感じは捨てがたい。
戦前ブルースのようなのを念頭に置いてるので、そうするとこの雰囲気がいいんじゃないか。
ということで、試しに録ったリハーサル・テイクが採用となりました。


レコーディングで、1stテイクのマジック、みたいなことをよく言います。
それは、いわゆる勢いとか緊張感とか、そういうものだと思ってました。
回を重ねるごとに初期衝動が失われていく、みたいな。
今回のは、そういうのともまた違う。
なんというか、ミュージシャンとしての意識や批評眼みたいなものすら忘れた、「素」が出てるような。
こうやりたい、とか、いまよかった、とか、考えてない。
楽器を持って音だしたらこうなりました、みたいな感じ。
音楽的スキルや蓄積じゃなくって僕自身が出てる、なんていうと大げさかもしれないけど。


それこそ戦前ブルースの録音とかって、そういうの普通だったんじゃないか、と思うんです。
特に、気合い入れてスタジオに行って録ったんじゃなくて、家に機材を持ち込んだりしたやつ。
後からでは音のバランスすら調整できないし、録り直ししないことも多かったでしょう。
そもそも、聞き直すこともきっとしない。
実際、声が入ってたりミスがあったり、今なら絶対に修正するだろう部分がそのままになってたりします。
そういうのを聞くときって、いわゆる音楽的な「完成度」の高さとかじゃなくて、演奏全体から受けるそれこそ雰囲気のようなものに心が動かされるんですよね。
そしてそういう録音は、100年近く経ったいまでも、多くの人に愛され続けてる。
やっぱり、最終的に心に深く残るのって、「人」なのかな、なんて考えたりしました。

そのまま出すこと、しかもかっこつけないで自然体を見せることって、難しい。
いい経験をしたな。

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