2017年1月24日火曜日

キングコング西野は好きになれない

キングコング西野という人の絵本無料化について、いろいろな声を目にします。
それで、本人のブログを読んでみたら、ちょっとイヤな気分になりました。
彼の主張のいいわるいじゃなくて、書き方が、イヤです。

少し前に話題になった長谷川豊氏と、同じ感じ。
自分は正しい、というスタンスが全体をおおっている。
正しい俺はすごい、わかんない奴は劣っている、みたいな。
正直じゃなくてかっこつけているのも、イヤです。
誠実さが、欠如している。
会ったことないし、テレビ見ないから動いてる姿や声も聞いたことない、つまりぜんぜん知らない人で、絵本以外の本業?の内容や人間性とかわからないけど、ブログを読む限り、自己顕示欲の強くて身勝手な、エリート意識の高い人、という印象を受けました。
そういう人には信者が大勢つくのでどんどん態度がエスカレートしていきがちで、長谷川氏のケースなんかいい例でしょう。

このタイプの人って、人の意見に対して、素直にうなずくことをしない。
反対意見を受けつけないんです。
自分の発言が100%相手に伝わらなきゃおかしいと信じてる。
なぜなら正しいから。
正しいから、余計な説明する必要はない。
正しい考えを理解できないほうが、バカで悪だから。

自己中心すぎます。
誤解されたと感じたら、それはたいてい自分の言い方が悪いんだと思うけどな。
どんなに正しい意見だって、地球上の全員に瞬時に納得してもらえる言い方は、あり得ない。
たとえばアメリカ人に伝えるには英語に翻訳しなきゃいけないように、立場や考え方の違う人に伝えるには、言葉や言い回しを変えなきゃいけないはずです。

思わぬ反論を受けたら、「ブログちゃんと読めばわかるでしょ。ここにこう書いてあるのを、読み取れないオマエが悪いんだよ。」って言う前に、「なるほど、そういう見方もあるかもしれないな」って想像をめぐらすことが、なんでできないのか。

自分が間違ってる可能性を、想像することができないんでしょうか。
100%正しい意見も、100%間違った意見も、ありえない。
どんなに自分と違う意見でも、ぜったいに理由や根拠がある。
どうしてその意見にたどりついたのか、という、他者の思考を想像することができないはずはないでしょう?だってアナタは頭がいいエリートなんだから。
って、言いたくなってしまうほどに、不器用だと感じてしまいます。


ひとことで言えば、想像力の欠如。
それは西野氏プロデュースの絵本からもそう感じました。
ちょっと読んでみたんですよ。
絵も文も、ものすごく説明的で分かりやすい。
即物的です。
なんというか、スキマのような部分がなくて、物足りない。
ラッセンの絵みたいです。
なんだかよく分からないからこそ想像しようとするわけで、ぜんぶ説明されたものは、どれだけ面白くたって、想像力を刺激されることはない。
西野氏は「はらぺこあおむし」を悪く書いてるけど(本当は悪く書く気はなくて、言葉が下手なだけなのかもしれませんが。)、少なくともあの絵本は、有名だからというだけで惰性でずっと買われ続けてるわけじゃないと思います。
大人になったいま読んでみても、すごく想像力を刺激されるから。
エリック・カールやディック・ブルーナの本は、僕の感覚では、西野氏の本とは対極のものです。

西野氏は、「ウォルト・ディズニーを倒す」のが目標と言います。
彼は、表現者・創作者タイプではないんでしょう。
先人を「倒す」って発想は、表現者であれば出てこないですよ。
だって表現て、勝ち負けじゃないから。
数字で比較できないのに、勝ちも負けもない。
本の場合、数値化できるのって部数しかないわけで、彼は「100万部」売るのが目標と言うし、ディズニーよりたくさん売る、利益をあげる、ってことなんでしょうか。

売れるというのは、多くの人が受け入れる、ということであって、それはもちろん悪いことじゃない。
でも、それが目標って、どうなんだろう。
いいものを作りたい、という目標と、100万部売りたい、という目標を並行して持つことはできないと思うんだけど。
単純に、2つの目標を同時に追い求めることはできないから。
彼の発言からすると、たくさん売ることが第一目標でそのために作品を作った、という風にしか解釈できない。
僕はこの絵本をチラっと読んで、50年後100年後にミッキーマウスより広く愛されるだろう要素は、どうしても見つけられなかったんですよね。
仮に、いまやってるようなマッチポンプ的なやり方で一時的に世界一のセールスをあげたとしても、後世に残るような作品ではまったくないと思う。


子供の本は、親が選ぶことが多いでしょう。
想像力を必要としない絵本が、西野氏のイメージ戦略とたぶん知名度によって多くの親に買われる。
「はらぺこあおむし」のような、 想像力を育ててくれる本に触れることなく、子供たちは大きくなっていく。
そうして想像力のない大人になればもちろん、自分の子供にまた即物的なものを与える。
世の中から想像力が失われていく。
そういうループができあがっている。

と考えると悲しくなることが、僕はあります。


最後に、この件に関してなるほど、と思えた記事をリンクしておきます。
ハックルベリーに会いに行く『キングコング西野さんの絵本の売り方について


0 件のコメント:

コメントを投稿