2014年7月29日火曜日

不快な報道

岡山県の監禁事件の報道。
事件の内容より、報道の仕方が不快です。

こういう報道って、容疑者や犯人を悪い印象で伝えようとする。
写真も、印象悪く写ってるものが多い。成育歴も、良くない面がピックアップされる。知人の証言とかの選び方もそう。
たまにプラスの印象のものが使われても、「あんなにいい人がまさか〜」的にひっくり返すこと前提だったりする。
悪意を感じる。

それはいつものこと。
今回の報道で、いつにも増して引っかかったのは、犯人の肩書き。
犯人は「自称イラストレーター」だという。なんて悪意のある表現だろう。
「自称」って、その後に続く言葉を否定する言い方。それも、すごくバカにした言い方。
イラストレーターの人、そう呼ばれたら不快でしょ?僕なら自称ミュージシャンか。不快ですね。

自分が、あるいは家族が、友達が、自称◯◯って呼ばれたら嫌でしょ?
少し前にも「ろくでなし子さん」の事件があった。彼女は「自称アーチスト」とされていた。
こういう報道してる人は、想像力がないのか、感覚的に欠損があるのか。
「自営業」とかでいいじゃん。蔑めたいなら「無職」でも十分だと思うけど。わざわざ「自称」って使うなんて、あまりに子供じみてる。

そもそも、フリーランスなら誰でも「自称◯◯」と呼ばれる可能性があるわけで。
それとも報道業界には、基準があるのか。
年収いくら以下は「自称」とか。
いや、もっと細かく決まってるのかもしれない。
例えばミュージシャンなら、収入の何割以上は純粋に演奏から得たものでなくてはならない、とか。印税や、教えたり出版したりする収入はカウントされない、とか。

ちょっと感情的になってしまった。
何が言いたいかというと、こんな報道の仕方をするメディアは信じられないということ。
この報道を見て、非道い事件だね〜悪い奴だね〜で終わりにしてしまう人もいるだろう。悪意のある言葉に触れて、悪意が心の奥に残って終わるかもしれない。そうやって悪意が世の中に蔓延していく。
でも本当は、伝える側の表現ひとつで、受け手にもっと色んな事を考えさせたりすることだってできるはず。
不要な悪意をバラ撒かないで欲しい。

物事には多面性があるし、100%混じり気のない悪者なんていない。
そういう視点がなかったり、他人の葛藤や悲しみに思いを巡らすことができないから、人が死ぬんだよ。
世界を平和にできるのは、想像力。
僕はそう信じています。





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