2017年8月6日日曜日

ぼくの休暇

休暇を取ってみた。
といっても、自分でそう決めて過ごしてるだけですが。
三日間、何もしませんでした。
何もしない、っていうのは、楽器も吹かないし、予定も入れないってこと。
こんなに何もしないのは、どれ位ぶりだろうか。

それにしても、いざ休むとなると、どうして過ごせばいいのか、わからない。
休暇って、英語で言うとバケーション。
バケーションで連想するのは、旅行か。
ロング・バケーションでない数日の休暇なら、温泉旅行とかかな。
でも温泉にしろどこにしろ、旅行なんてしないし興味もない。
海外でも行けば違うのかもしれないけど、そんな金はない。
それで、映画を見て、本を読んで、散歩をしました。

映画もいいけれど、でもそれよりももっとバケーション感を味わえたのは、散歩と読書。
この2つはセットなんです。
本を持ってわざわざ電車で出かけて、好きな喫茶店に行って読む。
そして町を歩く。
そしてまた喫茶店へ入る。
それだけだけど、ちょっとした旅行よりもリフレッシュできる。

そういえば、海外でも、やることは同じです。
いわゆる観光名所とか行かずに、一日中町を歩いて、疲れたらよさそうな店に入って休む。 
ひたすらそればっかり。
海外の場合は、読むのは現地で手に入れた雑誌だったりするけれど、やってることは一緒です。
散歩してる。

話題の場所に行ってうわー!って思うこともないし、なんというか、場所や出来事についての情報に、あんまり興味がないのかもしれない。
今まで行った場所、たとえばニューオリンズでさえ、地図で指せないし。
飛行機で乗り換えがあっても、それがどこの空港か覚えてないし。
そんなこと知らなくたって、チケットに書いてあるゲートに向かえば、目的地に着ける。
覚えてるのは、景色や風景やそこでの体験だけで、その体験も、実際にどの町でのことだったか、あやふやだったりします。

旅行って、遠くにきた、非日常だ、というのが頭のどこかにあるからこそ、盛り上がるんじゃないのかな。
だって、知らない町、とかいうけど、自分の住んでる町だって、ちょっと裏路地を行けば、見たことない風景がある。
近くの、はじめての駅で降りてみればいい。
知らない景色に出会うのに、わざわざ遠くに出向く必要はないわけです。
だから、旅行へ行くとなれば、その場所について調べて、地図を見て、到着までの間にも気分を盛り上げて、特別な体験だ、って自分に思い込ませる。
きっと本当は、知らない土地に行く、っていうことが目的じゃなくって、それを口実に自分でイベントを企画するようなことなんじゃないか。
なんて思います。

そうすると、イベント性をとっぱらってみると、遠くに旅行するのも、隣町を散歩するのも、実は同じこと。
自分の好きな町や景色があって、そこを歩いて、でも興味があるのは景色ではなくってあくまでも自分です。
だから周りの景色に心が動かされることがあったとしても、それでも意識は自分自身に向いてる。
そうできる場所であれば、どこでもいいんです。

なんだか旅の本質を分かったような気になりました。
さて、休暇はおわり。
またはじめます。

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