2018年1月26日金曜日

ECDが死んだ。正直な言葉が好きだった。

ECDが死んだ。
そうかついに。という、なんとも言えない感情がわいたので、そのままツイートをした。
そしてツイッターを見てると、「死んだ」って書く人は少なくて、「亡くなった」って書く人が多い。
この、「亡くなる」という言葉が、自分の中にはない。
他人行儀で社交辞令みたいで、心から流れ出る言葉ではない。
誰に対して、そんな優等生ぶってるの?
パブリックな場で、立場があって、というなら、まだわかる。
自分の言葉でしゃべることで、誰かに不利益があるのかもしれないから。
まあたいていは、自主規制みたいなものだとは思うけどさ。

「ご冥福をお祈りします」って言う人のほとんどは、「冥福」の意味なんて考えないし、じっさいに「祈る」ことはないだろう。
それが悪いわけじゃない。
その言葉がその人とって、感情をこめるのにいちばん適した選択なのであれば。
ただ、ぼくにとってはちがう。
「亡くなった」「ご冥福をお祈りします」という言葉が、ウソくさく思えてしまう。
だから、言わない。

会ったことはないけれど、 ECDは、ウソとは遠い人だったと思う。
ぼくも、正直にやっていきたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿