東洋館ボーイズバラエティ大会にて思う

昨日はいちにち浅草。
ペーソスで、東洋館の昼公演と、夜にも特別公演に出演しました。
寄席に出るのは、もう何回めだろうか。まだ10回にはならないかな。
まさか音楽やってて寄席の舞台に、しかも定期的に立つことになるなんて思いもしなかったよなーって、あらためて思います。


東洋館に出るようになって、面白いことやろう、という意識がより強くなりました。
いろんな面白小物を振ったり叩いたり、いまでは、1ステージほとんどクラリネットを吹かない時もあります。
楽器を吹かずにひたすら変な踊りをするだけなんて、寄席に出なければやらなかったことでしょう。
新しい場所にいくと、自分も新しく変わっていくものです。

「芸人」のもつ独特の雰囲気にも、とても影響を受けてます。
舞台に出るだけで、会場がその人の世界につつまれる。
それは、ミュージシャンのステージにはないものです。
僕も、それなりにお客に受けることもあるけど、何もやらず立ってるだけで魅了することは、とてもできません。
すごい。
あこがれます。

まあ、それはおいておいて。
夜の部は、『ボーイズバラエティ大会』でした。
ボーイズバラエティ協会の、なんだろ、お祭り?みたいな。
メンツは、昼間の通常公演とそんなに変わるわけじゃない。
違いは、「ボーイズ」の看板をはっきり前面に出してること。

ボーイズ。
楽器を使った演芸・お笑いグループのことです。
その昔、浅草で演芸が盛んだったころ、エノケンが活躍してたような時代、あきれたぼういずという楽器を持った4人組が人気でした。
いまでいえばコミック・バンドってことになるでしょうか。
それ以後、◯◯ボーイズという名前のグループがたくさん出現し、やがて「ボーイズ」というジャンルができあがったわけです。

昨日は、ステージの合間に、あきれたぼういずを始めとした昔のぼういずグループの映像が流れたり、それらのバンドのテーマ曲を演奏するコーナーがあったり。
歴史を感じます。
僕のいるペーソスは、あくまでもバンドであって、ボーイズというわけではありません。
それでも、この場の一員として東洋館のステージに立てることは、実はとても光栄なことだと、舞台袖でしみじみ思いました。

振り返ってみると、僕の音楽活動は、コミックバンドから始まってるんです。
くものすカルテットという、自由劇場の役者がつくったバンド。
お笑いってほどじゃなかったけど、役者のさすがの喋りと、レパートリーも演芸やヴォードヴィルの色が濃かった。
ライブでは、猫のヒゲを顔に書いてたし。
僕自身、バンドをやる以前から、あきれたぼういずの編集盤CDも聴いていました。
中村とうようの影響か、あるいは、篠田昌己周辺のチンドンや、大工哲弘『ウチナージンタ』の流れか覚えていないけど。

そもそも、バンドやりたい!って思ったきっかけが、ボンゾ・ドッグ・バンドですからね。
イギリスの、お笑いじゃないけど、変な衣装で演芸的なパフォーマンスをするバンド。
最初から、音楽至上主義とは遠いところにいたんです。
それから楽器を続けるうちに、だんだんとミュージシャン志向になっていって、チンドンやコミックバンドとは縁がなくなってしまった。

だから、こうして、意図せずに、ボーイズの流れの末端で、東洋館の舞台に立ってることが、とても不思議で、なんだか感慨深い気に、なりました。
これからどうなることやら。
楽しみです。

コメント

  1. 初めての東洋館、初めてのペーソス、全てに感激しました!ペーソスの演奏にじわじわとハマりました。東洋館では最前列で涙を流しながら笑わせていただきましたよー。近藤さんのクラリネットが特に気になりいろいろネットで調べちゃいました。これからも応援してます!

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  2. ありがとうございます!
    初めての方に喜んでいただけることは、とても嬉しく励みになります。
    今後も精進してまいります!

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